毛刈り

 明くる日の昼、キラはガナルの羊小屋に居た。柵で囲われた大勢の羊達。若い羊達はそわそわと落ち着きがなかった。皆何をされるのか、とおののいているのである。年配の羊達は慣れたもので、落ち着き払っていた。毛を刈られる事も、刈られたところでどうという事も無い事も分かっているのだ。

 

「じゃあ、キラ、俺が手本を見せるから、同じようにダンとやってくれ」

 

ガナルはそう言うと、一頭の大きな羊の前足を掴んで仰向けにし、ズルズルと引き摺ってきた。初めのうちこそ暴れていた羊も、引き摺って来られると観念したように大人しくなった。ガナルはバリカンで後ろ脚から毛を刈り始めた。まるで毛皮のコートを脱いでいくかの様に毛が刈られてゆく。もっとも、ここにいる誰も毛皮のコートなど見た事も無いのだが。

 

 丸々一頭毛を刈ると、ダンは

 

「良し。じゃあやってくれ」

 

と二人を促した。ダンとキラは柵へ入って、それぞれ羊を掴み、引き摺って来た。ガナルと同じように毛を刈ってゆく。ダンはもう何度も父親の手伝いをしているので、手慣れたものだった。キラは上手くバリカンを扱えずに四苦八苦していた。中々ガナルたちのようにスルスルと刈れない。毛の中でバリカンの歯が引っ掛かり、上手く進めなかった。

 

「おいおい、何だ、そのバリカンの使い方は」

 

ガナルが大声を上げて笑う。ダンもニヤニヤしている。

ちょっと恥ずかしく、悔しくもあったキラだったが、やっているうちに段々上手くなっていった。

 

 毛を刈りながら、キラはダンに話しかけた。

 

「ねえ、ウルの街ってどんな所かしら?」

 

「ウルの街? さあ、僕にはよく分からないよ。行ったこと無いし。どうして?」

 

「うん……。私、街へ出て働こうかと思うの」

 

「働く? 何だってまたそんなことを? 村の暮らしに不満でも有るの?」

 

ダンは驚いた声を上げて聞いた。

 

「いいえ、村に不満は無いわ。でも、母さんの病気を街のお医者に診てもらいたいのよ。そのためには沢山お金が必要だって聞いたわ」

 

「母さんのためか……。うーん、分かった。僕村長に話してみるよ」

 

「有り難う」

 

 その日、ダンとキラは羊を刈り続けた。

 

 夕食中、キラはずっと黙っていた。不思議に思ったマナナが、

 

「キラ、ダンのところで何かあったの?」

 

と聞いてみた。キラは首を振って、

 

「ううん。そうじゃなくて、私、ウルの街へ働きに行こうと思うの」

 

と答えた。マナナは顔を曇らせる。

 

「街だなんて。この家が嫌なのかい?」

 

「大好きよ。この家も皆の事も。でも、母さんの病気を街のお医者に診てもらうために、沢山のお金が必要なんだって」

 

「そんな……。私は別にそこまでして医者に診てもらわなくても。それに、街は危険なところだって聞いたわ」

 

「うん……」

 

キラは俯いた。二人のやり取りを黙って聞いていたタカが口を開いた。

 

「まあ、良い機会かも知れないよ。お前の具合は悪くなる一方なんだし、この子だってそろそろ大人だ。思いきって外の世界を知ることも必要かもしれない」

 

「そうかしらね?」

 

「私、ダンに話したの。そしたら、ダンが村長さんに話してくれるって」

 

「そう」

 

 それから三人は無言で食事を済ませた。

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