第5話

「急に誘ってごめんね」


 会社の帰り、仁と葵は行きつけの居酒屋へ立ち寄った。

「全然構わないよ。むしろ嬉しい。いつも誘うのは俺の方だから。。」


 仁といるとほっとする。

 仁の回りにはいつも穏やかな空気があって、何でも受け入れてくれると言う安心感がある。

 私が感情的になって怒る事があっても、一緒の土俵に立つことは無く、わかった。わかった。ごめんな。


 直ぐに謝って私の気持ちを静めてくれる。


 やっぱり仁を誘って良かった。


 仁が私の話を聞いて何と言うかわからないけど、病院へ行けと言うにしても、きっと傷つく様な言い方はしないだろう


 仁はいつだって私に優しいもの


 そして、葵は最近自分の身の回りに起きた事を仁に話し始めた。

 仁はひと言も口を挟む事無くじっくり聞いていた。

 聞き終わった後に少し間を置いてから、仁はこう切り出した。


「マンデラエフェクトって知ってる?」


「えっ?」


 仁から出た言葉が想定していたどの言葉とも違った為、葵は肩透かしを食らった思いがした


「知らないけど。。何?」


「最近事例が多く上がってるんだけど、過去の記憶が現実と異なっていて、しかもその同じ記憶を共有する人がたくさんいるんだ。

 例えば、ある有名人が亡くなったのを記憶していて、ワイドショーなどで放送されていたのも覚えているのに、ある時TVで元気に生きているのを見てびっくりする。しかも驚く事に、その同じ記憶を持ってる人が多く存在する。


 或いは自分が長く使ってきた漢字がある日急に変わっている事に気付く。

 ネットで調べたら、そんな字は無くて、回りに聞くと、ずっと前から変わっていない。間違えて覚えてるか、他の字と勘違いしているんだろうと言われる。


 でもそんな筈はないんだ。ずっと昔から使っていて、間違えようが無い漢字なんだから。。


 他にも地図が変わっていたり、映画のセリフが変わっていたり、いろんな例が存在する。

 これを見て。

 左側が変わったと言われているもので、右側が今現在の正しい画像。

 葵はどう?」


 仁はそう言ってスマホの画像を見せてきた。


 葵はそれを見て衝撃を覚えた。そのほとんどが、今まで自分が記憶していたものと変わっていた。

 特に漢字は頻繁に使う事が多かったものだから、間違えようがない。


「嘘だよ。この漢字は、絶対おかしい」


 葵は自分のスマホを出して、その漢字を入力した。変換すると、確かに漢字が変わっていた。


「本当だ。変わってる。何これ。いつから変わったの?」


「変わったんじゃない。ここではずっと昔からこの漢字なんだ。」


「そんな筈ないよ。そんな事常識的に考えて。。。」


 常識?

 それを言うなら最近の出来事はどれも常識なんてものは通用しない出来事だった。


「そう。常識的に有り得ない事が起こってるんだ。俺も最初、漢字が変わっている事に気付いて、いろいろ調べているうちにこの現象に辿り着いて衝撃を受けた。」


「どうしてこんな事が。。。」


「例えば今、選択を迫られている事があるとして、そのどちらかを選んだ瞬間に、別の選択をした世界が出来る。それが平行世界。

 平行世界はあったとしても、互いに干渉し合う事は無いから関係ないと思われていたのが、どういう訳か最近は相互干渉し合う様になってしまった。

 その証拠がマンデラエフェクト。


 自分が知らない間に意識だけが、平行世界を移動しているらしい。


 近い世界からの移動だと、それほどの違いはなく、ほとんどが同じで部分的に違うところが在るから、過去の話をした時に、そこの記憶が合わなくて、結局どちらかが勘違いで終わらせてしまうのがほとんどなんだと思う」


「この現象が始まったのはいつからなの?」


「数年前にヨーロッパの方で大きな地震があっただろう?その頃から急に増えてきたんじゃないかと言ってるが、正確にはわからない。

 もそかしたらもっとずっと昔からあったのかもしれない」


「でも、私の場合いは、全然ちょっとだけの違いじゃなくなってるけど、これって近くじゃなくて、かなり遠い平行世界まで意識が移動してるってこと?」


「確信はないけど、理論的にはそうなんだと思う。もしかしたら少しづつ、遠い平行世界へ意識が移動するようになってるのかも」


「じゃ、行きたい世界には自由に行けないのかな?」


「そうだな。自由に行き来する事は出来ないけど、ほら、引き寄せの法則ってあるだろう?

 この世界は人の意識から作られてるみたいだから、前向きな事を考えたり意識することで、今より良い世界に行けたりはするんじゃないかな」


「そんな悠長な事やってる場合いじゃなさそうだけど、とりあえず私の話を信じてくれてありがとう。自分の頭が変になったのかと思ったけど、そうじゃないとわかっただけでも良かったよ。

 ありがとうね」


「俺もまたいろいろ調べてみるし、何かわかったら教える。力になるよ」


「うん。心強いよ。ありがとう」


 結局何も解決はしていなかったが、話を聞いてもらっただけでも、葵の不安は少し解消された。


 それにしても、世の中にそんな不思議な現象が起きていたとは。。。


 実際に経験していても、全てを受け入れるには時間がかかりそうだった。

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