第242話 この村の行く末 その①

 さてさて、ここからがこの話のエピローグだ。

 お父様の英断で全て丸く収まった湖の村とヴェルトの責務だけれど、その後処理はまだ山のように残っていた。

 歴史の国との条約が結ばれ、教典の国のゴロツキを退治し、ヴェルトの責務が完遂したあの記念すべき日から三日、私たちは馬車馬の如く働きまわった。

 四日目にしてようやく解放された私たちは、久し振りの休日を堪能すべく、ガロンを首から提げ、ヴェルトと共に村の中を散歩していた。

 季節はこれから冬に突入するけれど、あくせく働く村人たちの心は既に春が到来していた。ヴェルトを見かけると次々に話しかけてくれて、隣にいるとなんだかむず痒い。


「平和だな」

「そうだね」


 畑を耕している人たちに手を振って応え通り過ぎる。ヴェルトの足は集会場へと向かっていた。

 シューゼルは歴史の国との正しい付き合い方を模索すべく、国境会議に出席するようになった。

 童話の国の国境とはいえ、実際に接するのは湖の村だ。これからは物も流れれば人も行き交う。両国が認めた関所となれば、交通量は増すだろう。村が富むのと並行して、税金やら通行許可やらいろいろな仕組みが必要になってくる。童話軍と協力して、住民が安心して暮らしていけるようにすることが、彼のこれからの責務だ。


「なんだ、ヴェルトか。悪いが忙しい。後にしてくれ」


 眼鏡の奥の鋭い眼孔は、色濃くなった目の下のクマで縁取りされてさらに凶暴さを増した気がする。労いに訪れた私たちを邪険にして、シューゼルは書類の山と格闘していた。


「まったく、猫の手も借りたい……」


 最近のシューゼルの口癖だ。

 ヴェルト奪還のおかげで、結束力がさらに強くなった湖の村では、自警団の拡張が行われた。募集をする前から応募が殺到し、事務作業には滅法弱いクリフが辟易していると聞いたのは、数日前の話だ。モニカは自分のパートナーの慌てふためく姿を面白そうに語り、それを支えるのがこの上なく楽しいと語った。

 モニカが助けに行くようになってようやく混乱も収まり、湖の村の自警団は、一層たくましく成長した。童話軍とは対を成す形だが、クリフとレベッカの間にしがらみはなく、お互いに切磋琢磨するいい関係を構築しつつある。




 シューゼルのところを追い出された私たちは、今度はメイリン飯店に立ち寄った。

 お昼時のメイリン飯店は大盛況で、モニカもメイリンさんも忙しなく動き回っていた。どうやら、砦建設のために両国が人員を増やそうとしているらしく、毎日大繁盛である。


「あっ、リリィさんに兄さん。ごっめん! 今手が離せないの。お昼休みが終わったら空いて来ると思うから、そしたらまた来て」

「繁盛してるな」

「頑張って、モニカ!」

「任せとけ!」


 力こぶを作るモニカの頼もしいことこの上ない。


「守りたいものを覚えていられるって、やっぱり幸せなんだよね」


 あの後一度だけ、ヴェルトもガロンも抜きにして、二人だけのお喋り会をした。積もる話は一向に片付かず、結局夜が明けるまでいっぱい話をした。全てが終わった今を実感して、モニカはそう言ったのだった。


「兄さんを忘れなくて、本当によかった」

「きっと、ヴェルトも今、同じこと考えてるよ」


 私がそういうと、モニカは照れたように笑う。


「かもね。兄妹だもんね」


 羨ましいという気持ちを飲み込んで、私はモニカの話を聞く。ヴェルトの悪口選手権が一番盛り上がったことは言うまでもない。


「リリィさん。私、応援してるからね。絶対に兄さんと結ばれてね!」


 両手をぎゅっと握って背中を押してくれるモニカに恥ずかしさを感じつつも、この思いを伝えられる日が来ることが、ちょっとだけ楽しみになった。

 隣を歩くヴェルトの顔を見上げると、顔が熱くなってくる。


「ん? どうした?」

「な、なんでもないもんっ!」

「大方、新しい童話をねだろうって魂胆なんだろ? わかってるさ」

「んーっ!」


 私が抗議を感情に乗せて表現すると、胸元でガロンが「変わらねぇな」と大きく笑う。

 永遠に変わらないことはない。けれど、今はまだ、変わらないこの距離感が、私には心地いいと思う。

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