第232話 ヴェルトの仕込んだ作戦
「えぇっ!? 全部嘘だったのっ!?」
ここ一年旅をしてきて艱難辛苦いろいろなことを経験してきたけれど、最大の衝撃を私は正面からぶつけられた。
「そうなの。全てはあの、馬鹿兄貴の作戦だったんだけどさ……」
ショックから立ち直れない私を前に、戦闘の準備を整えるモニカが真実を告げた。
バツの悪そうな表情を作っているものの。今から始まる大舞台に高揚しているようでもあった。
モニカだけではない。モニカの宣言を機に中央広場には村の人たちが続々と集まって来た。
靴屋に洋服屋に貸し馬屋……。
誰も彼も、私が今日声を掛けて協力を断られた人たちだ。クリフが音頭を取って自警団を扇動し、自警団に入っていない人たちも、思い思いの武器で武装して、雄たけびを上げている。
ヴェルトを取り返すぞ!
教典の国の奴らに負けるな!
あちこちから上がる雄叫びに、私はまったくといいほどついてはいけなかった。
「実はね。リリィさんを騙すために、村人全員の記憶を奪い取ったことにしたんだよ。私も、シューゼルも、クリフも、ここにいるみんな全員分のね。――いや、村人全員分の記憶を奪い取れって言ったのは私だけどさ。あの時はまだ、兄さんのやろうしていることは知らなくて……」
私がモニカの記憶を奪い取ったことにしてヴェルトの旅を強制的に終了させようとしたように、ヴェルトもまた、大掛かりな嘘を吐いて、モニカの記憶を守ろうとした。そう言うことらしい。全く納得がいかないのだけれど……。
「待って。それじゃ私が考えた作戦と一緒だよ。どこかでバレて、この村は大変なことになっちゃう。私のことを諫めたヴェルトが、どうして同じ方法を取るの?」
「ううん。同じじゃないよ。兄さんの作戦には中身があった」
私の作戦に中身がなかったみたいに聞こえるけれど……。話を進めよう。
「リリィさんを騙すのは、実はついでだったの」
「ついで!?」
「本命はね……」
モニカは一度言い淀み、けれど決心したように、遠くを見つめた。
その先には森があって湖がある。そしてその先は歴史の国へと繋がっている。
そんなところに誰が……。そう思いかけて、今そこにいる人物の姿が脳裏をよぎり、絶句した。
「兄さんのターゲットは、レベッカさんだったんだ」
開いた口が塞がらない。
「兄さんも、リリィさんが悲しむかもとは言ってた。でも、それしかないって……」
「悲しむっていうか……」
その発想にただただ感心していた。
一緒に過ごした時間こそ少ないけれど、あの廃病院での出来事は、童話一冊にしてあまりある体験だ。世界も文化も異なる童話の世界から飛び出して来たキャラクターたち。童話の国の古い歴史を読み解く舞台装置、そして、己が欲望を叶えるために大事を企む大魔法使い……。子供の頃に胸に誓った正義を貫き通す女戦士の物語なんて、童話映え間違いなしだ。
私ももう一度記憶の追体験をしてみたいと思っていた。
モニカとの縁を切ることなく、湖の村を守る方法として合格点じゃないか。
「っていうか、そんなことなら私にも相談してよ! ……て、そうもいかないのか。私、口を酸っぱくして言ってたもんね。ちゃんと話し合うべきって……」
アリッサの時からずっとそうだ。
私は互いに納得した上で、思い出を頂くことに固執していた。ヴェルトにその考え方を押し付けていた。それが正しい誠意の見せ方だと信じていた。
だから、相談できなかったんだ……。私の信念に汚点を付けさせないように……。
レベッカはきっと、自分の記憶を差し出すことは絶対に拒否するから。
「それもあるけどね。兄さんは、リリィさんの信念より、リリィさんから嘘がバレることを危惧してたみたい」
「なんだって?」
「前科もあるし」
「前科……」
モニカの記憶を奪ったという一世一代の嘘。
「あの時リリィさんの嘘を見破ったのが、レベッカさんなんだって。リリィさんの癖を見抜いて、兄さんの目を覚まさせたとか」
「うっ……」
お城にいた頃、お父様が大切にしていた童話を勝手に持ち出したことがあった。
ちょっと借りるつもりだっただけだけれど、お父様が想定よりも早く紛失に気付き、城を上げての大捜索が行われた。ことが大きくなりすぎて怖くなって、知らないと白を切り通していると、お父様よりもグスタフよりも先にレベッカが私のところに来た。さながら童話の中に出て来る名探偵のようだった。
レベッカはあれで、よく人のことを観察している。
理解はできる。納得はできないけれど。
「あれ? ちょっと待って。……じゃあ、もしかしてガロンも?」
「ま、俺様も片棒を担いでた共犯の一人だぜ」
「信じられない!」
私が必死になっていた間、ずっと黙ってたのはそういうこと?
あんなに必死になって、助けを探していたのに……。
「それに関しちゃ悪いと思っているがよ。俺様がいくら止めたところで、嬢ちゃんは絶対にやめなかっただろ?」
「……うん。誰に何と言われようとやめなかった」
本当はもう助けなんて来ないから一人で助けに行こうとさえ思っていた。それだけ思い詰めていた。
「ガロンさんも必死だったんだと思う。お昼に会ったとき、無言の圧力みたいなものがそのレンズからビンビンと出ていたし」
「喋れねぇし、止められねぇし。ホント参ったぜ。こんな身体じゃ、嬢ちゃんに隠れて示し合わせることもできねぇし」
私の知らない間に、いろいろな人がヴェルトのことを考えてくれていた。
その事実が、単純に嬉しかった。
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