第184話 妹モニカ
すれ違いざま、さらりと流された赤銅色の髪が涼し気に揺れる。さらりと背が高い、楚々とした美人だった。
この人、もしかして……。
美人さんは持っていた大きな荷物をテーブルの上に置くと、ふぅと息を吐いて額を拭う。作業用のエプロンにジーンズという女らしさの欠片もない格好にもかかわらず、長い手足から生まれるその挙動が、女の私でも見惚れてしまう美しさを醸し出していた。
「シューゼルさん、ただいま。巡回のルートの再検討と増員計画を市民課のシャトーさんに、村のみんなへの説明手配をトステムさんに、それぞれ依頼してきたよ。それから、きっと必要だと思って、コロネロおじいちゃんの周りの警備の強化も頼んできた」
「ご苦労。うん? 最後の一つは何だ?」
「私の心からのお節介ってことで!」
「蛇足だ。親父も嫌がるだろう」
「それとそれと、こっちは皆さんへのお節介。メイリン飯店に寄っておにぎり沢山握ってもらってきたの。お腹もすく頃でしょう。一休みしたら?」
「ふむ。それはいいな」
シューゼルはようやく険しい顔を止め、今しがた美人が手配してきたという籠の中身を見て、表情を緩めた。大きな荷物の中身はおにぎりだったらしい。
「おい、モニカ。まだ危ねぇから、入ってくるなよ」
「なぁにぃ? 私が焦げた床踏み抜くとか、そんな間抜けなコトすると思ってるの? 失礼しちゃうね。私なんかより重くて鈍いあなたの方が心配なんだけど、クリフ」
「う……」
ぴしゃりと言われた大男は、なすすべなくたじたじと引き下がった。図体に似合わず、意外と打たれ弱いのかもしれない。
モニカと呼ばれた美人さんは、ニッと歯を出して笑う。その顔にしてやったりと書いてあった。
レベッカも一つ、おにぎりを手に取った。
「やっぱ気が利くねぇ、モニたん。こういう嫁さんがあたしも欲しいや」
「あ、レベッカさん。お帰りなさい! 帰っていたんですね」
「んー。ついさっきね」
モニカは籠の中から水筒と人数分のコップをてきぱきと用意して、お茶を注いでいく。
「レベッカさんには、リリィ王女っていう奥さんがいるんじゃないですか。贅沢言っちゃいけませんよ。可愛くて可愛くて仕方ないんでしょう?」
「そうそう! もう目に入れても痛くないほど可愛くてね! この前もさ、私への隠れた思いが抑えきれなくなって、ヴェルト君の前だったってのに、周りの目なんて気にせずお姉ちゃんて呼んでくれてさー。もう堪らんよ。よだれ出るわー」
「この前……? 兄さんの前?」
「レベッカっ!」
私は堪らず声を上げた。
私のいないところで、あることないこと吹聴して回っているのは知っていたけれど、本人を目の前にして自分の都合のいい妄想を垂れ流すのは勘弁願いたい。
執務室を包んでいた空気が、私の一言ですんと静まり返った。
「おっとそうだ。来客の紹介を忘れていたよ」
そんな中でレベッカだけが、平然といつもの調子を保っている。まるで最初からこのタイミングを待っていたかのように立ち上がると、部外者を貫いていた私たちの方へと右手を伸ばす。
「来客?」
「そ。誰だと思う? きっと驚くよー。じゃかじゃん! 私の愛妻、リリィ王女と」
不思議そうな顔をするモニカ。ビー玉のように澄んだ瞳が私の視線と被り、……そして私の隣に立つ長身の男に視線が移った。
私は気付かれないように主役を譲った。
そこに誰が立っているかを理解して、はっとしたように手で口を塞ぐ。
シューゼルもクリフも、似たように驚愕を浮かべた。
王女と紹介された少女など、些細な問題だとでもいうように、部屋中の注目を掻っ攫った男は、いつもの調子で片手を上げた。
きっと、この村を旅立ったその日から、ずっとずっと待ち焦がれていたことだろう。
送り出した人たちがいることを、旅をしていると忘れてしまいがちだけれど、彼らの表情を見て、私にも込み上げてくるものがあった。
「ヴェルトじゃねぇか!」
嬉しそうなクリフの声が木霊する。
「よ。久しぶり」
ヴェルトは一言、長旅からの帰還にしては軽すぎる挨拶をした。
クリフは大げさにヴェルトとハグを交わし、シューゼルは眼鏡を取って小さく息を吐き出した。そしてモニカは、
「兄さん……」
と小さく口の中で呟いて、満面の笑みを浮かべる。
「お帰りっ!」
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