203.飛び出した弟弟子を追いかける事について

「私はヴァンの事を追いかけます」



 フロノス・マラナラは、カインズ王国の国王たちの前でそう宣言した。



 というのも、彼女の弟弟子であるヴァンはナディア・カインズがどのような状況か分からないというのを聞いてすぐ、飛び出して行ってしまった。フロノスの制止の声も聞かずに今の所、行方知らずである。向かう先は、ナディアの元以外ありえないだろう。



 フロノスは、その後カインズ王国の国王、シードル・カインズ達の元へ知らせた。ヴァンの召喚獣から知り得た情報はシザス帝国やトージ公爵家からもたらされるより早くにカインズ王国の王宮に知らされることになった。

 はじめ、その話を聞いた者達は『火炎の魔法師』ディグ・マラナラが簡単にやられるはずがないとその情報自体を訝しんだものである。



 しかし、王宮の上層部の者達はヴァンという少年の力を把握しているのもあり、それを真実であると認めた。



 フロノスは王宮の上層部に向かって、ヴァンの事を追いかける事を伝えた。




 その申し出は受け入れられ、フロノスはカインズ王国の王宮魔法師や王宮騎士と共にトージ公爵領に向かう事になった。






 シザス帝国やトージ公爵家は、まだカインズ王国がナディアやディグが捕らえられている事を知った事を知らない。トージ公爵領がカインズ王国と隣接しているとはいえ、王都まで連絡が行くのには時間がかかるものだ。

 カインズ王国の国王、シードル・カインズは相手がまだこちらが把握していないと思い込んでいるうちに動いた方がいいだろうと判断した。そのため、手の空いていた王宮魔法師や王宮騎士達と共にフロノスは動き出した。

 ただ、フロノスはその中でも一番冷静だった。



 自分の師や王国の王女が捕らえられているという状況ではあるが、冷静でいられるのは、弟弟子であるヴァンの実力があればなんとかするだろうという期待があるからだ。



(ヴァンにあれだけの実力があるのならば、さらっと解決してしまうのではないかと思う。だけれども、ヴァンはまだ十四歳。ディグ様が捕らえられてしまうような事態なのだから、ヴァンだって捕まってしまうかもしれない。ヴァンはナディア様が捕らえられたという事もあって、ヴァンがそんなへまをするとは思えないけれど……)



 だけれども、ディグ・マラナラが捕らえられている。最悪の場合、殺されている可能性もあるかもしれない。そういう状態であるのだから。



「フロノス殿、実際の所、その、ヴァン殿は大丈夫なのでしょうか?突入して捕まっているという可能性も」

「そのあたりはあまり心配はないと思います」



 結局の所、王宮魔法師も王宮騎士達もヴァンの力を正確に把握しているわけではない。ヴァンが起こした事を間接的に知っていたとしても、実際の所、ヴァンが本気になって行動したことはない。ヴァンが召喚獣を大量に引き連れていることや魔法師としての腕があることを知っていたとしても、実際にどれだけの力を持っているのかはフロノスさえも把握できていない事だ。



 だからこそ、そのこと自体は少しの懸念はあるものの心配していない。



「俺もヴァンは何も心配はないと思う」

「あいつが捕まる姿は思い浮かばない」



 そう言うのは、一緒についていっているクアン・ルージーとギルガラン・トルトである。彼らもヴァンとかかわりがあるので、少なからずヴァンの実力を把握している。彼らからしてみても、少なくとも、ヴァンが捕まる未来は一切思い浮かべる事が出来なかった。

 ちなみにスノウはお留守番している。本人はついていきたがっていたが、異形の見た目を持つ彼女がついてくるのは色々と問題があったためだった。




「そこまでですか……しかし、ディグ様が捕まっている状況なのだが」

「それでも恐らくヴァンは問題ないでしょう……」




 『火炎の魔法師』ディグ・マラナラが行動不能な状態に陥っている。召喚獣達でさえも行動が出来ない何かを敵は持ち合わせている。

 ――でも、それでも……捕まるよりも解決する確率の方がずっと高いと思っている。

(……そもそも、ナディア様を助ける事しか頭にないヴァンがディグ様の事まで助けるかどうか。師匠とは思っているだろうけれども、ナディア様以上に優先する事はない。ナディア様さえ助けられたのならば他は捨て置くぐらいしそう。そもそも、助けた後にヴァンがどう動くか……)



 ディグ・マラナラが英雄だろうが、ヴァンはナディア以上に優先する事はない。ディグ・マラナラの事を助けずにナディアだけを助ける可能性だって十分にある。



(……私たちがたどり着いた時にどうなっているのだろうか?ヴァンが全て上手くやるか、それとも、ナディア様を助ける事は成功しても、後が大変か。それとも、失敗するか)



 フロノス・マラナラはそんなことを考えながら馬を走らせる。

 弟弟子がたどり着いた時に何をやらかしているのか、期待と不安を混じらせながら。そして、師匠の無事を祈りながら、彼女は弟弟子の後を追いかける。



 ―――飛び出した弟弟子を追いかける事について

 (姉弟子は飛び出していった弟弟子を追いかける)

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