199.帰路について 3

「ふぅ」



 ナディア・カインズは、おもてなしの食事を終えた後、案内された客室へと入る。そこのベッドの上に腰をかけて、息を吐く。

 案内された客室は、流石公爵家の用意した客室と言えるべく、美しい調度品が並べられている。ふかふかのベッドは座り心地が良い。



『ナディア様、お疲れ様』

『ナディア様、ゆっくり休んだら?』



 召喚獣たちがナディアの溜息を聞いて心配そうに出てくる。



 本当にヴァンの召喚獣達は常にナディアの側に存在している。ナディアにプライバシーはほとんどないと言えるかもしれないが、元々王族なのでプライバシーもあってないようなものであるが。召喚獣達がいる分、ナディアは余計に一人の時間がないと言える。



「ふふ、そうね。もうすぐ寝るわ。そういえば、ワートとモモは結局どこにいるのかしら?」

『それが分からないんだ。あの二匹の事だから、すぐに姿を現すと思っていたんだが』

「……そうね。私も戻ってこないのはともかく、着いてからも姿が見えないのは心配だわ」

『でも、ナディア様が心配する事はないと思うぞ。あの二匹だからな。それより、ナディア様は主の元へ帰ることだけを考えてくれていればいい』




 フィアは自信満々に言い切った。



 フィアとしてみれば、仮にもワートもモモもあのヴァンの契約している召喚獣である。何か起こる事は考えにくかった。

 ナディアが自分達召喚獣の事を心配してくれているのはフィア達としてみれば嬉しい事であった。しかし、それでナディアの睡眠を阻害するのは避けたかった。



(……あとからナディア様が俺達を心配して寝れなかったとかあったら、絶対に主に怒られる)



 フィアは契約主であるヴァンに怒られる事は避けたかったというのもあり、疲れているナディアを早く寝かせたかった。



「そう、フィアたちがそういうならきっと大丈夫ね」



 ナディアは召喚獣たちの事を信頼しているので、そういって笑った。

 それからナディアは眠る準備をして眠りにつく。


 もうすぐ、ヴァンに会えるのだというそのことを思い浮かべながら。









 その翌日、ナディアはカインズ王国へと入国することになっていた。



 この公爵領からは、一日も経たずにカインズ王国の国内に足を踏み入れる事が出来る——それだけ、この場所とカインズ王国の国土は近かった。


 だからナディアは晴れやかな気分で目覚めた。



 もうすぐ、帰国出来る。その想いを胸に、心を高ぶらせていた。

 カインズ王国へと向かう前の、最後の食事を口にする。


 ビィタリアの姿は不思議となかった。サマは笑顔で「ビィタリア様はまだお休みのようなのです」と告げていた。本当にそうなのかは分からなかったが、婚約者であるサマ・トージがそういうのならば、それ以上の追及はナディアにも、ディグにも出来なかった。



(ビィタリア様、大丈夫かしら……)




 そう思わないわけでもないが、それ以上深入りをする事をナディアも、ディグも望んでいなかった。ビィタリア・トゥルイヤとはサマ・トージのいる公爵領にたどり着いたらお別れの予定だったのもあって、このままサマ・トージにビィタリア様の事も含めて挨拶をして去ろうとナディアは考える。


 そして食事を終えて、ナディアとディグは立ち上がる。



「お待ちください。お二人にプレゼントがあります。どうぞ、お持ち帰ってください」



 サマ・トージは、屋敷を去ろうとするナディアたちにそんなことを言った。



(プレゼント? 何かしら)



 そう考えながらナディアは、不安は感じていなかった。なぜなら、召喚獣達の姿がちらほら視界に入っていたから。彼らが傍に控えていて、『火炎の魔法師』ディグ・マラナラも周りを警戒してくれている。――そんな安心する気持ちと共に、もうすぐ帰れるんだという思いが、ナディアの心から不安というものを消し去っていた。



 外交が無事に終わって、帰路を急ぎ、もうすぐ自国に帰れるということでナディアは気を緩ませていた。

 だけど、それは一瞬にして消える。


 その、サマ・トージが笑みを零しながら持ってきたものが何か不思議な感覚をナディアに与えた。それと同時に、どこか違和感を感じた。


 その違和感が何か考える暇もなく、カインズ王国の英雄——『火炎の魔法師』ディグ・マラナラが苦しみ出した。



「うっ」

「ディグ様!!」



 ナディアは膝を突いたディグ・マラナラに近づこうとする。だけど、それは、サマ・トージやその配下の者達に阻まれる。ナディアの腕を彼らは掴もうとしたが、それはヴァンの魔法具によって弾かれる。


 それに、彼らは驚いた顔をした。

 ディグは苦しみながら魔法を行使しようとして、だけど、それは上手く発動しなかった。ディグが驚いている顔をしているのを見るに、何か予想外の力がその場に働いているのは明確だった。



「何をなさるのですか! 私はこのトゥルイヤ王国の友好国家であるカインズ王国の第三王女、ナディア・カインズです。私に手を出すという事はどのような事態になるかお分かりですか!? 戦争でも起こすつもりですか!」


 震える体で、だけどナディア・カインズは気丈に言い張った。



 目の前で何が起こっているのか、何を目的としてこのような事を起こしているのか分からない。分からないけれども、ナディアはカインズ王国の王女である。

 そのプライドがあるからこそ、ナディアは気丈に言い放つ。



 それに、ヴァンのプレゼントである魔法具は確かに起動していて、ヴァンの召喚獣達だっているはずなのだから——そこまで考えて先ほどまで召喚獣達のいた場所を見る。だけど、そこには召喚獣達の姿が見えなかった。



 そのことに息を呑んだ。

 召喚獣達の姿が見えないこと。そして、こんな事態で飛び出さないこと。それは予想外の何かが本当に起こってしまっている事を意味した。



 気丈に声をあげたナディアに対して、サマ・トーグは狂気に満ちたような笑みで告げた。



「はははっ。このような事態になりながら強気な方だ。わかっているでしょう? このような事を起こすのだから、戦争が起こっても問題がないということも。いえ、私が起こそうとしていることも!」



 嗤っている。

 何処までもおかしそうに。

 ナディア・カインズの事を嘲笑うように。



「貴方はにどういうわけか触れられないようですが、問題はありません。私は貴方やビィタリア様を手に、シザス帝国に渡るのですから!!」



 そして、彼はそう言い放った。


 トゥルイヤ王国の公爵家、それも王女と婚約をしていた存在がシザス帝国と繋がり、ナディア・カインズとビィタリア・トゥルイヤを手にし、『火炎の魔法師』をどういうからくりか無効化する。それだけの事を起こした。



 ―――帰路について 3

 (第三王女は帰国することに浮かれていた。そんな状態の中で、事は起きた)

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