186.デートについて 1

「じゃあ、ヴァン、行きましょう」

「うん」



 国王であるシードル・カインズから許可をもらって、早速、ヴァンとナディアは一緒に王都へと出ることになっていた。



 シードルはその話を聞いた時、心配を抱えてはいたがヴァンや召喚獣と共に行くということや、王都ならば問題はないだろうということで許可を出した。

 ただ父親としての心境としてみれば、可愛い娘がデートかと複雑な気持ちを抱いていたわけだが。



「ナディア、ひとまず魔法かけるね」

「ええ、お願い」



 ヴァンはナディアが頷いたのを見て、何かをつぶやく。それだけで、ヴァンの魔法は形成される。普通はもっときちんとした詠唱が居るのだが、ヴァンはさらっと魔法を完成させてしまう。



「出来たよ、ナディア。これで俺たちの事、俺達として認識しにくくなるはず」

「もう出来たの? ヴァンは本当に凄いわね」



 一瞬にして阻害の魔法を発現させたヴァンにナディアは目をぱちくりさせる。



(やっぱりヴァンは凄いわ。こんなに凄いヴァンに相応しい存在にならなければならないなんて大変だわ。でもヴァンの側に私はいたいから。守られるだけは嫌だから。――だから、今度の外交頑張らなければ)



 ナディアはヴァンの凄さを目の当たりにするたびにそのような事を考えてならなかった。



「ナディア、どうしたの? 行こう」

「頑張ろう、って思っただけよ。ええ、行きましょう」



 差し出されたヴァンの手をナディアは取った。

 そして、そのまま、二人は王宮の外へと出るのだった。



 ――そして、二人のデートは始まる。







 王宮から出て、王都内を手をつないで歩く。第三王女のナディア・カインズと、『火炎の魔法師』の弟子であるヴァン。そんな目立つ二人がいるのにもかかわらず、周りは騒ぐ様子は一切ない。それはヴァンの魔法の効果が発揮されているという証でもあった。




「ふふ、本当に気づかれないのね。私、こんな風に街の中を歩くの初めてだわ」



 ナディアが嬉しそうに笑えば、ヴァンも笑った。


「まずはどこ行こうか? 俺の実家行く? それともしばらくぶらぶらしてからにする?」

「そうね……先にヴァンの実家にいってみたいわ。ガラス工房をやっているのでしょう?」

「じゃあ、行こうか」

「あ、ヴァン先触れは出してないけれど、大丈夫かしら?」



 ナディアは行きたいと口にしていたものの、これから向かいますという先触れを出していなかったことに気づいて慌てる。



「んー、じゃあ、召喚獣に先に行かせるからいいよ。それに平民の家だとそういう先触れないこと多いし」



 そんな風にヴァンはいっているが、正直言って平民の家に突然王女様が現れれば、卒倒してもおかしくない事件である。


 ヴァンと違って、ヴァンの両親は本当に普通の平民なのだ。

 二人で仲良く手をつないで歩く姿に、ナディアとヴァンであるとは悟られていないものの、ほほえましいものを見る目で見られていた。

 その仲睦まじい様子に近くで見守っている召喚獣たちは呆れているが、二人はあくまで二人の世界に入りきっていた。



 ヴァンが召喚獣に目配せすれば、一匹がヴァンの実家へとさっと向かった。



「なら、良かったわ。ヴァンのご両親にきちんとご挨拶も出来ずにヴァンと婚約を結んだのだもの、きちんとご挨拶したいもの」



 にこにこと笑っているナディアは、袋を持っている。そこには王侯貴族ご用達のお菓子のお店から取り寄せたクッキーが入っていたりする。



 ヴァンの両親はヴァンがナディアと婚約をした後も、変わらずにつつましく平民として生きているようだった。王女の婚約者となった息子を持つにも関わらず、自分が偉くなったなどとは一切考えないという様子らしいというのも聞いていたので、ナディアは余計にヴァンの両親に会ってみたいと思っていた。

 平民の息子が王女の婚約者になる、そんな状況でヴァンの両親が暴走する恐れがあるのではないかという懸念も王宮内ではささやかれていたのだが、ヴァンの両親は今までと変わらない生活を行っている。




(そもそも、ヴァンがディグ様の弟子になった時点でそういう風に暴走してもおかしくなかったのよね。それなのに、ヴァンの両親はそんな風になることもなかった。貴族であっても王族に見初められたとなればそういう風になる存在が幾らでもいる。そう考えると流石、ヴァンの両親とも言えるのかもしれない)



 ナディアはそんな風に考える。


 ヴァンの両親はいくらでも暴走する恐れがあった。ヴァンがディグ・マラナラの弟子になった時も、ナディアと婚約をした時も、「自分はあのヴァンの両親だ」と行動を起こしてもおかしくなかったのだ。



 だけど、そういうことがなかった。



 その事実があるからこそ、余計にナディアはヴァンの両親に会ってみたいと思った。もちろん、ヴァンの両親だからというのもあるのだが。

 そして手をつなぎながら歩いてきた二人は、ヴァンの実家、ガラス工房——《トゥルト》に到着した。



 ―――デートについて 1

 (二人はデートへと街へ繰り出す。そしてヴァンの実家へと到着した)

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