119.側妃二人の動きについて 3

「アン様、動きませんわね」




 ナディアは自室の中でぽつりとつぶやいた。第一王女であるフェールの母親であるアンは動かない。動かないという事はありえないと、ナディアは考えている。

 おとなしくしているというのが逆に不気味で、恐ろしかった。

 何を考えているかもわからなくて、もう既に何か行動を起こしているのではないかと不安になる。



(……アン様をどうにかする。フェールお姉様のお母様を。自分のために。ヴァンの隣に並び立つために)



 隠されてひっそりと生きる存在としてではなく、いずれ名を挙げるであろうヴァンの側にいるために。



(……キッコ様はわかりやすく動いてくださったからすぐに対処を出来たけれど、どんな風にアン様が動かれるかというのは予想が出来ない。召喚獣たちの事は、信用している。ヴァンの召喚獣たちで、私をずっと守ってくれているから。でも、召喚獣たちは、人間の世界の事を詳しく知っているわけでもない)




 召喚獣たちの力は確かに強大だ。

 召喚獣たちには圧倒的な力がある。だけれども、召喚獣たちはあくまで召喚獣でしかない。



 人間たちの世界について詳しく知っているわけではない。ヴァンの召喚獣たちはナディアを守るために、王宮に居るのもあって異界で暮らす者よりは人間について詳しいだろうが、人間の世界に詳しいかといえば詳しいわけではない。



(アン様が私を殺そうとしているのならば、私を殺すためには召喚獣たちをどうにかすることが一番だけど、それは普通に考えて無理だわ。それだけの力があるのならば直接的に行動を起こすはず。なら、召喚獣たちが思いつかないような方面からついてこようとするはず。私でも……もし誰かを排除しなければならない状況があって、その存在に強大な味方がついているのならそうする)




 ナディアは思考する。



 キッコという存在が王宮からいなくなった。このまま平穏に終わればいいが、このまま平穏に終わるはずはないと確信している。なら、どう動くか。

 それを考えて、その思考の先にたどり着いた答えに対し、対処しなければならない。もちろん、たどり着いた答えとは予想外の方向に向かう事ももちろんあるので、それを踏まえた上で万全の対処をする必要がある。



(召喚獣たちは強力な力を持つけれど万能というわけではない。召喚獣たちが守ってくれている。だから、私に危害を加えられる心配はないとは思っているけれどこの世に絶対はない。召喚獣が守ってくれていて、魔法具まであるから大丈夫だろうけれど。それに私は無事でも、他が被害を被るのは駄目だもの)



 ナディアはそう考えて、ぎゅっと拳を握る。



(ヴァンも頑張っている。そう、キノノが言っていた。化け物がいて、大変なんだって。ヴァンは、私の隣で私を守ってくれるために頑張っているんだってキノノに言われた。私のどうにかすべき相手は、そんな化け物なんかではない。ヴァンはもっと頑張っている。私も、頑張る。私だって、ヴァンの隣に並べるようになる。ヴァンは凄い。離れていても、私を励ましてくれる。私に頑張ろうっていう気にさせてくれる)




 何を起こしてくれるかはわからない。それでも頑張ろうと思うのはヴァンがいるからだ。

 そもそもヴァンに会ったから、表舞台に立とうと思ったのだ。ずっと隠れた王女でいようと思っていたのに。ヴァンに守られるのに相応しい存在になりたいと願ったから。そして、頑張ろうと思えるのもヴァンのためだ。



(ヴァンに会いたいな)





 ヴァンの事を考えていて、ナディアはそう思う。出会ってからそんなに経っていないというのに、ナディアの中で、ヴァンは確かに特別で。



(会った時に、胸を張れる私でありたい。ヴァンが召喚獣たちを私のもとにおいてくれている。それに甘えていては駄目なのだから。私は前進しなきゃならない。ヴァンの隣に立つために)



 そう気合いを入れて、警戒を強めながら日々を過ごした。



 アンは中々動かなかった。何処までもおとなしくしていた。

 キッコが罰されてそれにおびえるような人でもアンはなかった。

 警戒しながら日は過ぎていった。そして、事態は動いた。













 まずはじめに起こったのは、ボヤ騒ぎだった。城の中での突然のボヤ騒ぎ。火事が起きたという報告。



 次に、起きたのはキリマの母親であるキッコが修道院から抜け出したという報告。

 そしてアンがようやく動いたという話も出た。ただし、アンの動きはお粗末なもので、すぐにそちらは対処された。でも、対処されたとしてもアンは笑っていた。



 そして色々な騒動が起こり、召喚獣たちが動いていく中で、一人の人物をキリマが連れてきた。それはルイネアラ・フィーガーだった。騒動が起こっている中の訪問で警戒していたのだが、キリマが連れてきたのがルイネアラ・フィーガーでナディアは本当に驚いた。



「あのね、ナディア。ルイネアラはナディアに謝りたいって前々から言っていたの。お母様の意見を鵜呑みにして酷い態度をしてしまったと悔いていたの」

「本当に申し訳ない事をしてしまいましたわ」



 頭を下げて、心から申し訳ないといった態度を見せるルイネアラ。キリマが連れてきたという事だから本当に申し訳ないと思っているのだろうとナディアは感じたが、それでも警戒するに越したことはないと考える。



「謝罪の言葉だけで結構ですわ。私はやることがありますので、まだ謝罪をしたいというのならば後日にお願いします」



 ナディアとしてみれば、ルイネアラと進んでかかわりたいとも考えていなかった。また今は対処すべき事があった。だから、それだけ告げた。



「そ、そんな許してくださらないのですか」

「いえ、許します。でも今はやることがあります。ですので、後日お願いします」



 ナディアは改めてそういった。



「今日は帰りましょう。あ、ナディアこれを」

「これは?」



 キリマが渡してきたのは、香水である。


「ルイネアラの家は香水の産地なの。だから、お詫びの気持ちだって」

「そうですか、ありがとうございます」



 とりあえず受け取って、帰ってもらった。

 そしてナディアは香水を見つめる。




「……本当に、これお詫びの気持ちなのかしら? 何か害のあるものが入っている可能性もないわけもないし」




 そう考えた末、その香水は引出の中にしまわれるのだった。






 ————側妃二人の動きについて 3

 (ナディアは思考する。どう動くべきなのか。そして、側妃のアンは微笑みながら、何か行動を起こしている)

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