117.側妃二人の動きについて 1
「ああ、もうどうして私の娘でありながらあんな下賤の血の流れた娘と仲良くしているの!!」
声を荒げるのは、カインズ王国の国王シードル・カインズの側妃の一人であるキッコである。キッコは王宮の自室の中で忌々しそうに声を上げている。
下賤の血が流れている――そんな風にキッコはナディアを称する。
平民と自分たち貴族には流れている血が違う。そういう風に言い放つ王侯貴族はそれなりの数が居る。高貴なる血に、下賤の血が混ざる事をよしとしない。そんな貴族としてありふれた思想をキッコは持っている。
ナディアの母親であるミヤビは、それはもうキッコにとって癪に障る存在であった。
ただの侍女。王族にかかわる事さえもかなわないほど末端に居る侍女。高貴なる血など混ざっていない存在。
美しい女性。平民であるというのに、驚くほどに綺麗な女性。
王の寵愛を得ていた平民の侍女。下賤の血でありながら、最も尊き者の妻になれたもの。
それはキッコにとって気に食わない要素が満載である。キッコ自身も美しいと感じてしまうような、敗北感を感じるようなそんな美しさをミヤビが持っていたからというのもある。
だからキッコはミヤビが嫌いだったし、ミヤビの子であるナディアも嫌いである。
「どうして私の娘ではなく、あの女の子が英雄の弟子と仲良くしているの!!」
聞いている者がいればヴァンも平民なのだがと突っ込まれそうだが、キッコからしてみれば英雄の弟子であれば別物なのかもしれない。どちらにせよ、ナディアが気に食わないという思いが根底にある。
「あの娘、しぶといのよ! 幾ら排除しようとしても平気そうな顔をしていて、なんなのよ!!」
それはヴァンの召喚獣が傍に常に控えているからだが、そういう事情をキッコは知らない。幾ら排除しようとしても平気そうな顔をしているナディアにイラついている。だからこそ、自分の娘であるキリマを使ってナディアを害そうとした。脅した。でも動かない。
「……キリマがそのつもりなら、私も躊躇わないわ!!」
キッコからしてみて、キリマが動かないとは思わなかった。キリマは自分の娘であるというのに侍女を大切にしているようだった。甘い娘であると、キッコは認識していた。だからこそ昔からの知り合いである侍女達の命を取って、ナディアを殺してくれると思っていた。
でも行動に移さないというのならば、キッコにも考えがあるのだ。
「殺しましょう。そしたら私が本気だとわかるでしょう」
ふふふと笑うキッコは、恐ろしい笑みを浮かべている。
キッコにとって、ナディアは邪魔な娘でしかない。存在しているのも気に食わない。最近は表に出てきて目立っていて、余計に気に食わない。だから、殺したい。
そんな欲望のままに、キッコは動いている。
その様子を、召喚獣が見つめている事にも気づかない。
《サンダーキャット》のトイリは木の上から、キッコのいる部屋を見ている。その声を聞いて溜息を吐く。
《アイスバット》のスイもその隣に止まっている。
『あれ、どうする?』
『今気絶させてもいいけど、決定的な場面でどうにかしたほうがいいかな?』
トイリの言葉にスイは答える。
召喚獣たちにとってみれば、側妃だろうが、主であるヴァンが望まない事をしているならば殺せばいいのではないかと思うのだが、それでは人の世界では色々と面倒なことになるという事で証拠をつかもうとしていた。
『それがいいかも。侍女殺す言っているから、命令出すだろうし』
『自分で殺さないのかな?』
『ああいう人は自分では手を下さないって主様言ってたよ。人を使ってやるんだって。だっていつもナディア様に何かしようとするのもあの人じゃないじゃん』
『そうだね! とりあえず今からあれが命令下すなら命令下された人を脅して証言させればいいんじゃない?』
『うん、それがいい』
『ヴァンも喜んでくれるかな!』
『うん。ナディア様のためになること。主様、喜ぶはず』
木の上で物騒な会話をしている召喚獣二匹である。
二匹の視線の先では、キッコが呼び出した二人組に指示を出している。キッコの侍女を殺すように命令している。命令された二人組が青ざめたりもしていないのを見ると、以前にもそういう依頼をこなしているのかもしれない。
『あれ、捕まえる』
『うん。それで証言させる!』
『それ、嘘って思われない?』
『いうかも! でも証拠にはなるし、命令は実行不可能になるから、いいと思う!』
そんな会話を交わしたトイリとスイは行動に映るのであった。召喚獣たちが動いたので、人間である依頼された者たちはなすすべもなく捕まるのであった。
―――側妃二人の動きについて 1
(キッコは動く。キリマがナディアを殺すために動かないから。それを許さないと、侍女を殺そうとする。でも召喚獣たちがそれを許すはずもない)
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