クアン・ルージーの溜息

クアン・ルージーは、カインズ王国におけるルージー公爵家の三男である。

 王宮魔法師であるヒィラセの弟子として、王宮の魔法練で生活をしている。が、最近はよく実家から呼び出しを受ける。



「……ただいま」


 家に帰るのは乗り気ではなかったが、実家へとクアンは顔を出した。ルージー公爵領は王都の隣に存在する。馬車で移動すればそこまで移動時間はかからない。

 毎回、ルージー公爵家から迎えの馬車が来るため移動にも手間はかからない。

 が、クアンは進んで家に帰ってきたいと思っていなかった。



「クアン!」

「お帰りなさい、お兄様!!」



 というのも、一つの理由は家に帰ってきたクアンに抱き着いてきた姉と妹の存在である。

 二人ともクアンと同じく銀色の美しい髪を持っている。美しい姉妹に抱き着かれるなど、周りの男たちからすればうらやましい限りかもしれない。



 しかし、



「かわいいわねー、クアンは」



 と一つ上の姉に撫でまわされ、



「お兄様、お人形さんみたい!!」



 と五つ下の妹に言われ、正直いやなのであった。



 確かにクアンは一五歳にしては背が低く、外見も少女のようにかわいらしい。だが、クアンは男である。かわいいといわれてうれしいはずもない。

 クアンが不機嫌そうな顔を見せればまた「可愛い」と言われるのだ。本当にそれがいやなクアンである。第一、クアンが可愛いからと昔から女装をさせられたりしたため、家には帰ってきたくなかった。この年になってまで女の恰好をさせられたくない。



「エイミー、ミーシェ、何をやっているんだ。クアンは父上がお呼びだ」



 姉がエイミー。妹がミーシェである。

 そしてクアンに抱き着いている二人に待ったをかけたのは、クアンの兄―――ルージー公爵家の長男であるルイである。こちらも銀色の髪を持つ。ただし、クアンとルイは似ていない。主に身長と顔立ちが。

 ルイはクアンとは正反対にかっこいいといわれる見目を持つ。身長も高い。クアンとルイが一緒に歩いていると兄弟ではなく、兄妹と間違われることも多いぐらいだ。

 そんなうらやましい見た目を持っている長男のこともクアンは苦手としていた。

 嫌っているわけではない。ただ公爵家というのは、色々面倒なものである。魔法練でただの王宮魔法師の弟子としてのんびり暮らす方がクアンにはあっていた。




 ルイの言葉に姉妹がクアンの元から離れる。そして、クアンはルイとともにルージー公爵―――要するに父親の元へ向かっていく。

 ルイの後をついていきながら、クアンは憂鬱になってきていた。

 クアンが家に帰るのが億劫な理由二つ目である。



「クアン、『火炎の魔法師』の弟子はこちらに取り込めそうか? お前は仲良くしているのであろう?」



 そんなことを言ってくる父親のせいである。



 ルージー公爵家は、というより、カインズ王国の貴族たちはヴァンに関心を抱いている。あの年で《竜殺し(ドラゴンキラー)》を成し遂げた逸材だ。誰でも取り込みたいと思うだろう。



 英雄の弟子であり、いずれはもっとすごいことをなすであろう。そんな風にクアンはヴァンのことを思っている。最初こそ、平民のくせにと突っ掛ってしまったが、ヴァンの実情を知った現在最早あきれてそんなことは言えはしない。むしろ、今ではヴァンの師匠となれるのはディグ・マラナラだけだろうとさえ考えている。


「仲良くはしていますが、取り込むことは無理だと思います」



 この取り込むとは、ヴァンを利用するということ。ヴァンを引き入れてこちら側に立たせようとしているということ。

 一番手っ取り早い方法はクアンの姉妹のどちらかとヴァンを結婚させる事であるとルージー公爵は考えている。



 しかしだ、正直クアンからしてみればヴァンはルージー公爵が使うことはできないと考えている。何せ、ヴァンは誰にも縛られることはない。自由だ。そして無理やり主であるヴァンを縛ろうとすれば召喚獣たちも黙っていないだろう。

 第一、ヴァンはナディアしか興味がない。ナディアもヴァンに好意を抱いているのは見てとれたし、あの二人は明らかに両思いだとクアンは思っていた。



「なぜ、無理だと? エイミーとミーシェのどちらかをあてがえばいいだろう? もともと平民だったものだ。公爵家に連なれるなら釣れるのではないか?」

「無理ですよ。ヴァンはそんな簡単じゃありません」


 第一、そんなことしたくもないし、全然やる気もないとは面倒なことになるのでクアンは口にしない。



 出会った頃はともかく、今はクアンはヴァンのことを少なくとも友人と思っている。ならば、友人の意に沿わないことを進めようとも思っていなかった。

 そもそもヴァンは爵位とかには興味がないのは見ていてもわかる。そんなものではヴァンは釣れないだろう。



 それから父親に「どうにかエミリーたちを紹介するのだ」と怒られたが、それをクアンは適当に受け流すのであった。

 紹介する気はなかった。第一紹介して二人がヴァンを好きになったとしても、うまくいかないことは明白である。自分を可愛いといってくる姉妹は苦手だが嫌いなわけではない。わざわざ悲しむ真似をさせる気もないのだ。



「……はぁ」




 そして、父親の話が終わって実家の自分の部屋に行くとクアンは溜息を吐くのだった。

 いっそのこと、ヴァンとナディア様が婚約でもなんでもしてくれればいいのにとそんなことを思いながら。




 ----クアン・ルージーの溜息

 (ヴァンと仲が良い王宮魔法師の弟子ということで、クアンは父親から要求を言われ苦労しているのでした)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る