62.第一王女様の暴走について 1

「ヴァン」



 さて、第二王女であるキリマ・カインズとヴァンとナディアはそれなりに仲良くなることが出来た。



 キリマがディグへの気持ちを暴露したことによって、ヴァンとナディアとの距離は縮まった。ナディアもキリマがヴァンに関心がそこまでないと知ったら、ほっとして、そして素を出したキリマと仲良くしたいと思ったからだ。



 しかし、ヴァンとナディアにとっての王女様の問題はまだ残っている。それは、ヴァンに執着してしまっているらしいフェールである。



 ナディアよりもフェールの事を知っているキリマも、フェールの事を口にしていた。



 ”フェールお姉様は、手に入らないものが今までなかったと思います。なんだって誰だって、フェールお姉様の前に跪いた。それだけの魅力が、フェールお姉様にはあります”と。

 ”それゆえにフェールお姉様は自分に絶対の自信を持っています。だからこそ、ヴァンが自分ではなく、ナディアに関心を持っていることが許せないのだと思います”と。

 そんな風に告げていた。それは事実なのだろうと、ナディアは思う。



 フェールは、ヴァンの名を呼んで、故意に近づいていく。



「フェールお姉様! 何をやっていらっしゃるのですか!?」



 ナディアは、思わず叫ぶ。



「あら、ナディアには関係がないでしょう?」

「……フェール様、離れてください」

「……この私が近づいているのだから、そこまで嫌がらなくてもいいのに」



 フェールは、不機嫌そうな表情を浮かべる。自分が近づいているというのに、拒否をすることがよっぽど気に食わないらしい。

 フェールからすれば理解不能な事だともいえるだろう。



 なぜならフェールにはたくさんのものが備わっていた。美貌も、地位も、知力も、完璧さを体現していた。気品もあり、カリスマ性もある。そんなフェールだからこそ、周りは心から賛美する。



 それが当たり前の環境で育っており、欲しいものは手に入ってきた。

 妹たちに対する優越感も持ち合わせていた。自分の方が、上だという絶対の自信。そのプライドが確かにあって、だからこそ。



(………私よりもナディアを優先するなんて)



 そのことが、フェールにとっては酷く屈辱的であったのだ。

 そんなの許せない、そんなの認められないと、拳を思わず握ってしまう。




「ナディアなんて、侍女の娘でしょう? 美しいだけのお姫様って、ナディアが言われているのを貴方は知らないの?」



 だから、そんな風に思わずフェールが口にしてしまった。

 自分の中のいら立ちが抑えきれなかった。自分よりも下の存在だと思っていた相手が、自分が欲しいと望んでいるものを持っていることが、認められなかった。



「----言いたいことはそれだけですか?」



 ヴァンは、冷めた目を浮かべていた。

 冷たい目でフェールを見て、聞くものを凍りつかせるような声を発した。

 それに、フェールもナディアも固まった。



「……なっ」



 なんで、自分がそんな風な目を、声を向けられなければならないのかとフェールはヴァンを見る。


 ナディアはナディアで、こんなヴァン様ははじめてみたと驚いた顔をしている。



「ナディア様が侍女の子供だろうと、美しいだけの王女様だろうとそんなの俺には関係ないです。ナディア様がナディア様だからこそ、俺はナディア様の元へ行くんです。俺が望んで、ナディア様の元へ来ているんです。ナディア様の傍に俺が居たいから」



 はっきりと言い切った。その声は冷たいままだ。



「ナディア様の肩書とか、そういうのは平たく言えばどうでもいい。たとえ、ナディア様が王女でなかったとしても、俺はナディア様の傍に居たいと思ったでしょう。ナディア様がナディア様であるなら、俺はそれでいいんです」



 肩書なんて関係がないのだ。ただ、ナディア様がナディア様であるという、それだけが全てである。王女様だからこそ好きになったのではなく、ナディアだからこそ好きになったのだ。



 あまりにもフェールの言葉に嫌な気持ちになったのが、ナディアの前だというのにヴァンはそんなことを言い放つ。多分、本人はナディアの前で恥ずかしい事を言ってしまっているという自覚はない。

 ヴァンのすぐ近くに居るナディアは顔を真っ赤にさせているし、こっそりとこちらを覗き見している召喚獣たちはニヤニヤしているが、そんなことにヴァンは気づいていない。



「な、何よ、それ」



 フェールは睨まれていることに怯みながらも声を上げた。

 今まで睨みつけられたことなどなかった。こんな風に拒絶をされることもなかった。



(なんで、ヴァンは。それに王女だからじゃないって。でもそうだとしても私の方が美しいし、私の方が頭が良いし、私の方が―――。なのに、どうして)



 フェールは、恋を知らない。

 ただ興味を持ってほしいと願うだけ。そんな感情しか知らない。

 傍に居たいと望む気持ちはわからない。傍に侍らせたいとしか今まで感じていなかったから。

 全てを与えられ過ぎたからこそ、色々と足りていない。



 ―――それが、第一王女であるフェールだった。



「なんで、私を睨むのよ」


 どうにか絞り出した声はそれだった。



「ナディア様の事を侮辱したからです」

「……ナディアナディアって、私の方が綺麗でしょう?」

「ナディア様が一番きれいです」

「………」



 ばっさりと断言されて、フェールの表情は歪む。



 そして次の瞬間、フェールは顔を真っ赤にしているナディアに向きあった。






 ―――第一王女様の暴走について 1

 (第一王女様は恋を知らない。欲しいものは、なんでも手に入るのが当たり前だった)

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