41.ドラゴンとの戦闘について 下

 巨体であるというのに、ヴァンと対峙するドラゴンはそれはもう俊敏に動く。



 ドラゴンとは、規格外の生き物である。それでいて異界に住まう召喚獣の中でも強者とされている存在だ。そんな《レッドドラゴン》が異界からあぶりだされて、魔物となり、なおかつ活性化しているというのだから、目の前の存在は人々にとって十分な脅威であるといえた。


 それこそ、普通の存在ならドラゴンを前にこれだけ生きていられるはずもない。

 ヴァンも自分一人でこの場にいて、自分だけの力で戦わなければならないのならぽっくりと死んでしまっていたかもしれない。でも、この場にいるのはヴァンだけではなく、彼の召喚獣たちも存在する。



「ルフ」

『うん、ご主人様』



 呼びかけに、ルフは答えて、華麗に飛び上がる。空を駆けることが出来る狼―――それが《スカイウルフ》である。故に、ルフは空を駆ける。



 中々自分の攻撃が当たらない事に、ドラゴンはいら立ちを感じているのが見える。ドラゴンは、その翼を羽ばたかせて、飛んだ。よくその巨体で飛べるなと思うほどだが、ドラゴンは軽やかに飛んでいる。

 空へと羽ばたいたドラゴンの行った攻撃はといえば、爪や口から吐き出される炎による攻撃である。


 まだ目の前にいるのが《レッドドラゴン》で良かったかもしれない。これが《ファイヤードラゴン》や《ブリザードドラゴン》などなら炎や氷の魔法が使えるのだ。それなら厄介な他ないからだ。



『ご主人様、魔法の攻撃!』

「待てって、流石に障壁張りながら攻撃は難しいって!」

『もー、ドラゴンの攻撃は僕が避けるしなんとかするから、ご主人様は攻撃魔法に集中して!』



 ドラゴンと戦闘というのもはじめて―――契約している《イエロードラゴン》のクスラカンとは戦闘などにはならず魔力と性格が気に入ったなどと言われてすぐ契約を結んだ―――というのもあって流石のヴァンも少し戸惑っている部分もあるようである。


 最も王宮魔法師の弟子という実践をほとんど知らない立場であるものがドラゴンとと遭遇すれば本来なら失神してもおかしくないことであるから、戸惑っているだけである時点でヴァンはやはり色々おかしい。



「じゃ、絶対よけろよ。俺は死ぬわけにはいかないから」

『ふふ、僕を甘く見ないでよ。ご主人様!』



 得意げにそんなことを言い放ったルフのことを信頼して、ヴァンはドラゴンに向ける攻撃魔法に専念する。



「数は大量、火の玉」



 手始めにヴァンが詠唱といえるのか? と疑いたくなるほどの短い言葉で発動させたのは、炎の魔法だ。ヴァンの短い言葉と共に、無数の、数えきれないほどの直径10センチほどの火の玉が大量に現れた。


 ドラゴンを囲うかのように現れたそれに、ドラゴンが目を瞬かせている。



「行け!」




 ただ、その一言だけで火の玉はドラゴンへと向かっていく。

 ドラゴンはそれに咆哮を上げて抗う。



 火の玉が、ドラゴンへとぶつかり、その場に煙が発生する。ドラゴンは死んではいない。無数の火の玉を受けたとしても、死なないだけの生命力を持ち合わせていた。


 ドラゴンの鱗は強靭で、威力が足りなかったのかもしれない。

 確かにばたばたして、少しずつ下へと下がっていっているが、地面に落とすだけの威力はなかったようだ。



『ご主人様、もっと強い奴!』

「でも師匠に周りに被害が行かないようにって言われた!」

『ああ、もう、ご主人様は変な所で真面目なんだから! いいからあいつを殺すためにもっと強い奴にしてください! あいつをここで殺さなきゃ、後から大変だよ! ご主人様の大好きなナディア様にも危害が行くかもしれないんだよ!』



 変なところで真面目なヴァンに、ルフは思わずといったように叫んだ。



 自分の契約者であるヴァンのずれている所は面白いと思っているけれども、こういう時にずれた思考なのはルフにとっても困ることであった。何よりヴァンは強いとはいっても戦闘経験はあまりない。はやく倒さなければヴァンが怪我を負うかもしれないといったことにもルフは懸念していた。



 ナディアにも危害が行くかもという言葉に、「…まぁ、師匠に怒られるかもだけど、ナディア様に危害が行くのは嫌だから」とヴァンは答えるのであった。

 そしてヴァンの魔法により、下へと下がったドラゴンはといえば、下で待機していたリリーがジャンプしてその足をつかみ、地面へと無理やりおろそうとしていた。

 ドラゴンはもちろん、それに必死に抵抗をしている。



『ご主人様、チャンス!』

「わかってる!」



 ヴァンはルフの言葉にそう返事を返し、魔法を繰り出そうとする。

 その時、リリーがドラゴンの足をつかんでいるから平気だと少し油断してしまったのだろう、気が付いた時、ルフはドラゴンの爪による攻撃を食らっていた。



『いった!』

「ルフ!?」



 目を抑えてよろよろと空から地面へとルフは落ちていく。それに伴って、ルフの上に乗っていたヴァンも落下する。

 ヴァンは地面へとたたきつけられる直前にルフの上から飛びおり、受け身を取り、森の中を転がった。



(いったい! 師匠に受け身の取り方習ってて良かった!)



 どうやらルフに乗ったまま受け身を取れないからと、ルフを見捨てて飛び降りたらしい。色々とヴァンはナディア以外には酷い。



『主、大丈夫か』



 リリーは声をかけながらも、ドラゴンの足をつかんだままで、ドラゴンの事を引き受けてくれていた。



「痛いけど、大丈夫」



 起き上がったヴァンはそういって、こちらをジロリと睨むドラゴンを見る。ドラゴンはリリーに足をつかまれたまま、ヴァンの方に向かって大きく口を開けて、ブレスを吐いた。



 身体中のあちこちが痛むけれど、だからといって動かなければ死ぬだけである。

 回復魔法というものがないわけではないのだが、それには特別な才能が必要で、普通の魔法師よりも回復魔法師というものは数が少ない。加えてヴァンは「ナディア様を守りたい」という思いから戦闘系の魔法ばかり習っていたのもあって、回復魔法を試したこともない。使えるだけの才能があるかも定かではない。



「ああ、もう、うっとおしい! 俺はナディア様の隣で、ナディア様を守りたいんだ! そのために、こんなところで立ち止まってられないんだよ!」



 叫んだヴァンは、反射の魔法を行使する。ブレスはそのまま、ドラゴンへと跳ね返る。が、元々ブレスはドラゴンから生成されたものであり、そのブレスはドラゴンに一切のダメージを与えていないようだった。



「お前、まずは地面に落ちろ」



 重力魔法が行使される。ヴァンは割と簡単に使っているが、これはなかなか難しい魔法である。ドラゴンにそれをかけたことで、ドラゴンをつかんでいるリリーにまで影響していた。リリーは『主は容赦ない』といいながら慌ててドラゴンの足を離した。


 二倍の重力をかけても、ドラゴンは落ちない。重力魔法に抗えているらしい。



「じゃあ、五倍!」



 魔力を一気に込めて、徐々に、地面へとおろしていく。



 のた打ち回っているドラゴンからまたブレスが飛んできそうになる。流石にブレスを向けられれば重力魔法を行使しながらそれを防ぐのは難しい、なんてヴァンが考えていたらブレスをはく直前のドラゴンの頭のむきをリリーがかえてくれ、ヴァンに向けられるはずだったブレスは、空へと放たれていった。



 そのあとすぐリリーはドラゴンに攻撃されて傷を負う。ドラゴンから距離をおいたリリーは瞳を抑えていた。どうやら爪で目を攻撃されたらしい。



 大体、ドラゴンを地面へとおろしたかと思えばヴァンはドラゴンが次の行動に出る前に、


 「リリー、かえれ」


 とドラゴンの後ろにいたリリーを異界へと返し、そして、


 「いけえええええええええええええ」



 全力で込めた火の玉を、その大きさはドラゴンの体以上あるであろうそれをドラゴンに向かって振り下ろした。




 ドオオオオンという大きな音と共に、炎の玉が、全てを焼き尽くすかのように燃えているそれがドラゴンへとぶつかり、地面へとぶつかり、そしてその衝撃はあたりにまで広がっていく。


 ヴァンも自分の魔法だというのに、その衝撃で吹き飛ばされた。



 残されたのは、ほとんどが消し飛び角だけがかろうじて残されているドラゴンと何かがぶつかったようにえぐれ且つ焼け放たれた地面、消し飛んで炭と化した木々、ボロボロのヴァン(ほとんど最後の自分の魔法の威力調整をミスして食らったもの)とルフだけだった。





 ―――ドラゴンとの戦闘について 下

 (ガラス職人の息子はドラゴンを討伐するのでした)



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