強盗
蛙鳴未明
強盗
時刻は真夜中。鬱蒼とした森の中にポツンと建つ一軒家が、窓から光を漏らしている。
その陰にうずくまる影が一つ。影は覆面をしていて、顔は分からない。リュックの中に手を突っ込んで、何やらゴソゴソしている。影の動きが止まった。目的のものを見つけたらしい。リュックから引き出された布の包みを、影は慎重に開いた。包みの中に入っていたのは、使い古された出刃包丁。その刃は良く研がれて、暗闇の中でもほのかに光を放っている。
そう、影は強盗だった。群れを嫌い、さすらいの強盗生活を続けてはや五年。おまんまの為に今日も今日とて強盗をせねばならない。
けれど、最近はどこの家もセキュリティがきつくなっていて、強盗に優しくない。強盗に優しい家は無いものかと一日中探していると、この家を見つけた。
森の中にポツンと建つ一軒家なんていう優良物件には、滅多にお目にかかれない。喜び勇んで強盗の準備を始めた。そうして今に至るという訳だ。
強盗は、意気揚々とドアの前に立つ。大きく息を吸うと、気合とともにドアを蹴破り、家に突っ込んだ。土足でずかずかと廊下を踏み荒らし、大声で怒鳴る。
「強盗だあ!有り金全部出せやあ!」
怒鳴り声は、虚しく虚空に消えていった。全く何の反応も返って来ない。いつもだとすぐに住人が慌てて出てくるものだが。なにやらいつもと違う雰囲気に、強盗は不安になってまた大声をあげた。
「どうしたあ!早く出てこい!金を出せ!」
また全く反応が無い。強盗はいよいよ不安になった。もしかしてこの家の主は、明りを消し忘れて外出しているのかもしれない。家に人がいない場合、ここで盗みを働くと強盗ではなく空き巣になってしまう。空き巣なんていう下等な盗みをやることは、強盗一本の自分の沽券に関わる。
強盗は、やれやれと首を振った。全く、とんだ骨折り損だった。扉を蹴破るのに体力を使っただけじゃないか。そう思いながら後ろを向いた瞬間、右耳に風圧を感じた。ぞわっと全身の毛が逆立った。カンッと小気味いい音を立てて、目の前のドア枠に包丁が突き刺さる。
足の震えを抑えようとしながら恐る恐る振り返ると、そこには小柄な老人が立っていた。道着のようなものを着ていて、帯には数本の包丁が差し込まれている。完全に硬直している強盗に、老人はにっこり笑いかける。
「わしを楽しませに来てくれたのかの?」
老人の言葉に、強盗は呆気にとられて間抜けな声で聞き返す。
「は?なんのこ」
言い終えないうちに老人の手が目にも止まらぬ速さで動き、今度は右耳に風圧を感じた。カンッという音が響く。老人がさっきよりもさらに明るい笑顔を、汗まみれの強盗に向ける。
「次は、耳じゃぞ」
その声で硬直が解けた。強盗はばね仕掛けの人形のように跳ね上がると、少女のような悲鳴をあげながら背後の闇に向かって一目散に駆け出した。その後を老人の包丁が追う。包丁は、強盗の体すれすれを通り、次々と地面につき刺さった。手持ちの包丁が無くなった老人は、声を張り上げた。
「もう二度と、強盗なんてするんじゃ無いぞお!」
「はああああい!もう二度と、何があっても、強盗なんてしませえええん!」
半泣きの声が返ってきた。それを聞いた老人の明るい笑い声が、森の中に響き渡った。
強盗 蛙鳴未明 @ttyy
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます