モブキャラ設定帳

笠井 玖郎

*

 モブキャラクター。通称モブ。

 それは作品を彩る、いわば引き立て役。顔さえ描かれないこともあるが、それを嘆くことも許されない存在だ。

 彼女がいても、誇ってはならない。

 大会があっても目立ってはならない。

 いや、むしろそれらは全て世界の側から逃げていく事柄なのだ。

 平々凡々。そんなモブに何ができよう。仮にできたとて、顔すらないような僕たちが、主役クラスになれる訳がないのだ。

 生まれたときからモブであることを強いられた僕には、すべては縁のない話である。

 だから、僕は、もうすぐ死ぬんだろう。

 目の前には爆弾魔。漫画なんかでよくある赤いスイッチつきコントローラー。ほら、今またどこかで誰かが吹っ飛んだ。

「大人しくしろ! これ以上被害を広げたくないんだったら金を用意させろ!」

 お決まりの言葉を吐いた、絵に描いたような悪役。人がごった返す大通りで金を用意させろとは、いったい誰に向かって言ってるのか。それともどこかに仲間がいるのか。

 モブ達は恐怖に駆られ、爆弾魔とは逆の方向に走りだした。もみくちゃになりながらも、僕も周りにあわせて走りだす。

 しかしそんな事より、だ。走りながらも僕の頭は別の事を考え始める。

 死因、爆死。モブの終幕にしてはなかなか派手じゃないか。

 この場合、まだ死にたくないと走るべきなのか、それとも派手な死を迎えられることを喜ぶべきなのか。

「……普通に考えたら、前者だよなあ」

 普通。そう普通だ。

 生まれながらにモブの運命を背負った僕だ。ここで仮に普通でない行動をとったとしても、死因に変わりはないだろう。ならば。

「我が一生に悔いあり!! 僕をもっと目立たせろおおおお!!!」

 少しでいい。目立ちたい。その一心で方向を180度変え、悪役のもとに走って行った。

「は!? なんだお前!」

「派手な死因を考えてくれてありがとうございます。だけどせっかく最後なんだ。もうちょっと目立ちたいんですよ」

「何言ってんだお前。さっさと逃げろよ爆発させるぞ」

「はい」

「は?」

「死因はそれでいいです! モブの死因としてはなかなか派手ですから!!」

「お前もう帰れ!!」

 繰り出される右足。避けられる訳もない。ので開き直ってそのまま受けることにした。

 ずん、と重い一撃が左の脇腹を直撃する。にもかかわらず倒れなかったのは奇跡としか言いようがない。

「よ、避けろよお前……」

「ふふふ、これであんたの頭には僕というモブがインプットされたに違いない……!」

 満足気に笑う僕が相当気持ち悪かったのだろう。悪役は大きく顔をしかめて明らかに引いている。

 気付けば周りから他のモブ達は消えていた。どうやらみんな避難したらしい。そういうつもりだった訳ではないのだが、自分が爆弾魔の足止めをしたような状態になっていた。なんだ、これは。モブの僕に、世界が追い風を吹かせているというのか!

 明らかに異常者を見る目つきで爆弾魔がこちらをにらんでいる。この場合異常者は僕より彼だと思うのだが。

 しかし今はモブから脇役くらいに格上げされたことを喜ばなければ。

「い、いいからあっち行ってろよ……」

「僕がやらなくて誰がやる……死への恐怖がない僕に、今や敵などいないっ!!」

 精一杯の背伸びとともに右の拳をお見舞いする、前に僕の身体は吹っ飛んでいた。

 相手のパンチの方が、ずっと速かったのだ。

「な、何が敵などいない、だよ……驚かせやがって。大して強くもねえじゃん」

 どさっと身体が地面に叩きつけられる。ああ、これでもう悔いはない。これ以上を望んだらきっとばちが当たる。どうせ死ぬんだから一緒だけど。でももう十分だ。

「気持ち悪いガキはお望み通り、俺の爆弾でぶっ飛ばしてやるよ!!」

 16年か。短い一生だった。だがこんな最期なら、僕は。

「ぶっ飛ぶのはアンタだよ、爆弾魔さん」

「なっ、誰だてめえ!」

 爆弾魔が振り返った先には、髪の長い女性が立っていた。

 ライダースジャケットというのだろうか、ぴったりとした黒いジャケットに、黒いスキニージーンズ。黒い革の手袋に黒の編み上げブーツ。全身を黒で包まれたやや長身の女性。それは主役の名にふさわしい姿だった。

 爆弾魔が慌てて僕を人質にとり、近づくなよと威嚇する。しかし僕は爆死しても問題ないと思ってるし、そのうえ持っているのは起爆スイッチ。自分の身体に爆弾を仕込んでなければ人質にもならないという始末。

 先程の女性は様子をうかがっているのか、口許に手を当ててこちらを見ている。この男をあの人に捕まえてほしい。あんなに主役クラスのオーラを持っている人だ。機会さえ合えば一気に制圧できるに違いない。

「僕なら大丈夫ですし、この男が持ってるのは起爆スイッチだけです! だから安心してぶっ飛ばしてください!!」

「てめえ何言ってやがる!! ナイフも持ってるっつーの!!」

「えっ! 刺殺より爆死の方がいいですから!」

「そんな事訊いてねえよ!」

 爆死と聞いてここまで頑張ったのに、この期に及んで刺殺はない。もっと華やかなのがいい。

 当の女性はというと怪訝そうな顔でこちらを眺めている。何か問題でもあったのか。

「ねえ、捕まってるキミ、死にたくないんじゃないの?」

「いえ、モブとしての役割は十分果たせたはずなので、死んでも悔いはありません」

 瞬間、女性の表情が呆れを伴った怪訝な顔に変った。綺麗な女性のそんな表情は見たくなかった。多分、後ろで僕を捕えている爆弾魔も、同じような顔をしているんだろう。

「生まれて大体16年、平凡な僕じゃ主役にはなれない。脇役すらできない。お遊戯会や学芸会では大体木の役、あるいは裏方でした。生まれたときからきっと、僕はモブの運命を背負わされていたんです。そんな僕が、これだけ目立てたんだ。後悔なんてする訳ないじゃないですか!」

 後ろから小さく、こいつ頭おかしい、と聞こえた。構うもんか。

茂部群雄もぶ むれお! その名前を親からもらった瞬間から、きっとこの運命は決まってたんだ! あんたら主役クラスにこの気持ちがわかってたまるか!!」

 自分で言ってて涙が出てきた。後ろで男が引いていた。

 目の前の女性は……口を押させて震えてた。同情してくれたのか。

「あーっはっはっはっは!!! ひーっ、わ、笑いとまんな……ふふっ、ぐっ……」

 全然違った。

「……あーおかしかった。やー、ごめんごめん。キミ、おもしろいわ。うん。さっきの会話聞いてたときから思ってたけど」

 様子を見ていた訳ですらなかったのか。

 こんなひどい話があっていいのだろうか。

「うん、おもしろいからお姉さんが助けてあげよう。そしてモブくんにもう少しいい役をあげるよ」

「だ、だからてめえは誰なんだよ!」

 無視されていたのが気に食わなかったのか、ようやく爆弾魔が口を開いた。

 女性は、まるで悪役のように口を大きくゆがませて、笑った。


「なあに。私は通りすがりの殺人鬼さ」


 ……これは。ひどい。

 前門の虎、後門の狼とはこのことじゃないか。

 殺人鬼と爆弾魔。果たしてどちらが強いのかはわからない。しかしどうだろう。二人が戦えば、まず間違いなく僕は死ぬ。巻き込まれて死ぬ。かばって戦うなんてことある訳がない。その場合爆死とどちらの方がインパクトが強いのだろう。わからないが、どうせなら。

「お姉さんに殺される方がいいんで、解放してくれませんか?」

「ふざけんなあああ!!」

 スイッチを勢いよく投げ捨てて、振り上げられるのは小振りのナイフ。瞬間距離を詰めてくるのは殺人鬼。跳躍で一息に振り上げた腕を横へといなし、銃のハンドサインをこめかみへ。

「まったく。目の前の殺人鬼より、人質取ったらダメでしょ?」

 突きつけられているのは指なのに、指一本動かさない爆弾魔。もしかして、これが主役級のカリスマ性というやつなのか。

「お、おまえ」

「ばーん」

 不敵な微笑みと静かなる銃声。よくよく見れば、ライダースジャケットの袖からは黒い銃口が覗いていた。動かなかったんじゃない。動けなかったのか。

 ゆっくりと膝から崩れ落ちる爆弾魔。それに引かれて、僕まで地面に座り込む。

「どうだいモブくん。『窮地に陥るも、殺人鬼に助けられる少年A』の役柄は」

 いたずらっぽく笑うその顔は、たった今人を殺したとは思えぬあどけなさ。

「さすがです……」

「え? あ、ありがと?」

 これぞ真の殺人鬼。そう感心していたのも束の間だった。

「でも、感謝されちゃうとやりにくいなぁ」

 こちらへ伸ばされた手が頭をなでる。不器用に、ぐりぐりと。袖口は、ずっとこちらを向いている。

「ごめんね、お姉さん腐っても殺人鬼だからさ」

「え?」

「日本じゃ射殺はレアだからね。冥途の土産と思ってちょーだい」

 音を消す黒い鉛が取り外されて、せめてもの手向けと華やかに。

 身体で感じる銃声は、突き抜けるような轟音で。

 消える意識の片隅で、こんなモブはいないだろうと笑う。


 嗚呼、我が人生に、一片の悔いなし。


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