第110話
失血のせいか、徐々に意識が遠のき始めた頃にアリアが泣き止んだようで、ちぎれた腕や全身の傷を全て治してくれた。
やっぱり魔法って凄えな。
右手の動作確認をするが、怪我していたのが嘘のようにいつも通りだ。
血が足りないからか多少くらくらする程度で他は問題なさそうだ。
ムカデのガントレットはほとんど無傷で、中のアクセサリーが壊れた様子もない。だが、身代わりの加護のブレスレットだけ壊れていた。
これって俺は一回死んでるってことだよな?
いや、身代わりの加護の重要性が知れたから良しということにしておこう。
「アリア、ありがとう。」
「…はい。」
「とりあえず戻るぞ。イーラ、頼んだ。」
「は〜い。」
イーラが犬型に変身し、それに乗って山頂に向かった。
崖を登って山頂に着くと、カレンが龍と戦っていた。
いや、龍をあしらっているという方が正しい表現だろう。
俺らが戦った龍と比べるとかなり小さいが、カレンの4倍近くあるだろうに鞘にしまったままの刀であしらわれてるとか…。
「リキ殿。お戻りになられたか。」
カレンだと思ってたら中身はアオイだったのか。
なら仕方ねぇな。
「心配かけて悪かったな。そいつはどうしたんだ?」
「先ほど現れたと思ったらいきなり襲ってきたのじゃ。ただ、此奴は邪龍ではないようじゃから、リキ殿の判断を仰ぐべきかと思ってのぅ。」
あらためて龍を観察する。
討伐した龍を大人とするなら、たぶんこいつはまだ子どもみたいだな。
しばらく放置してもたいした脅威ではなさそうだ。
たぶん俺らが討伐した邪龍の仲間とかだろう。
ならこいつも殺してしまうのが後腐れなく済む一番楽な方法なんだろうが、今はそんな気分じゃない。
勝てないとわかってる相手だろうと仲間の復讐をしようとする姿勢は嫌いじゃないしな。
「おい、龍!そこの邪龍を殺したのは俺だ。復讐なら俺にしろ。」
人間の言葉がわかるのか、俺の方を睨んだように見えた。
「ギィャァアアアァァッ!」
威嚇なのか、うるさい鳴き声を発して飛んできた。
やっぱりこの龍はまだ脅威ではなさそうだ。
動きもそこまで速くないし、プレッシャーもない。
右手だか右前足だかを振り上げて、引っ掻こうとしてきたのを掴んで止める。
パワーは結構あるな。軽量の加護があるのにズシッときたし。
…こいつ欲しいな。
やっぱり龍って男のロマンだよな。
『テイム』
「ギィャァアアアァァッ!」
ヤベッ怒った。
さすがに今のはないよな。悪い悪い。
「今のお前じゃ俺は倒せないってのはわかるだろ?だから復讐したいならもっと力をつけてから来い。もし住む場所が欲しいとかなら、俺の村に来い。まだ完成はしていないが、ここから東側に下ったところに作ってるから、仲間になるのなら飯と住処くらいは提供してやる。」
後半は俺の欲が入ってしまった。
まぁ誘っておいてあれだが、どうせ仲間になることなんてないだろう。だから仲間イコール使い魔だってことは説明しなくていいか。
「もし仲間の形見が欲しいなら好きに持ってけ。こいつの瘴気は俺らにとって害だから、処分しなきゃならねぇ。だから持っていくなら今のうちだぞ。」
本当に言葉が通じるのかわからなかったが、俺の言葉を聞いた龍は少し驚いた顔をした気がした。
龍から力が抜けたのを確認して手を離すと、龍は邪龍の死体まで飛んでいき、邪龍の額の宝石のようなものを抉って、どこかへ飛んで行ってしまった。
「…リキ様。幼龍を逃してしまって良かったのですか?」
「俺らの勝手な事情で仲間を殺したんだ。怒って攻撃してきたからといって即殺すのもなんだかなと思ってな。まぁ次復讐に来たら殺さざるを得ないだろうけどな。」
本当は欲しいと思っちまったからってのが殺さなかった一番の理由だが、それは黙っておこう。
「…親を殺されたのですから、たぶんまた来るでしょう。なので、村が出来たら警備を立てる必要がありそうですね。」
「親?魔物も子どもを産むのか?」
前に魔族は子どもを産まないって話をしてなかったか?
「…魔族は一部の例外を除いて子どもは作れません。ですが、龍は子どもを産むので、どちらかといえば人間に当てはまります。ただ、龍は特殊で一度卵を産み、しばらくしてから子どもが孵ります。なので、龍は魔族でも人間でもなく龍族として扱われる場合もあります。」
龍が人間ってのはなんかしっくりこないな。
「それにしてもなんで邪龍の子どもだってわかるんだ?」
「…龍は親子以外で年の離れた個体同士が一緒にいるという話があまりないため、そう判断しました。確定材料はありません。ごめんなさい。」
「いや、別に謝る必要はない。それより…。」
俺は辺りを見渡した。
木々のほとんどが吹っ飛んでいるから見晴らしがいい。
「魔術組合のやつらはどうしたんだ?」
…。
ん?なんで誰も答えない?
「アリア?」
「…イーラが食べてしまいました。ただ、イーラは責めないであげてください。」
「は?…おい、イーラ。本当なのか?」
「そうだよ!リキ様を攻撃した裏切り者たちはちゃんと足からゆっくり食べたよ!」
「な!?」
なんでそんな発想にと思ったが、思い当たることがあった。カルナコックのときのことだ。
確かに俺はイーラにそういった指示をした。
あの時はカルナコックが偽善者だと思いムカついて、どうせすぐに根を上げるだろうという軽い気持ちでやったことだった。
結果は偽善者じゃなく、本当に仲間のために耐えきった。
そんな姿に俺が耐えられなくなり、ひと思いに殺した。
今なら生かすという選択肢もあったんだろうな…。
だが、イーラはまだ子どもだ。そりゃその時の俺の考えなんてわかるわけないし、主が教えたことが正しいと思ってしまうよな。
これは完全に俺の失敗だ。
アリアの頼みがなくともイーラを怒れるわけがねぇ。
だけどこのままにしていい理由にはならない。
「イーラ。俺のためを思ってやってくれたことはわかってるから、その気持ちはありがたくもらっておく。だが今後、俺の許可なく生きるものを捕食することを禁止する。」
「え!?なんで!?」
「なんでと聞かれると正直返答に困る。命の重さなんてうまく説明出来ねぇし。まぁいってしまえば俺とイーラが一緒にいられなくなる可能性が出来てしまうからってのが一番の理由か?俺は仲間であるイーラを手放したくないからな。」
あまり人間に害を加えすぎると討伐対象にされる可能性があるし、他の仲間を間違って食べるなんていう最悪な事態が起こらないともいいきれない。
前者ならこの世界の全てを敵に回す覚悟があればイーラを選べるが、後者はその時の状況次第で俺がイーラを許せない可能性もある。
全ては可能性の話だが、回避できるならするにこしたことはない。
「え!?リキ様と一緒にいられないのはヤダ!イーラとリキ様は10年後も100年後も1000年後もずっと一緒にいるんだもん!」
イーラのセリフは比喩表現なのかという確認を込めてアリアを見ると小声で「…魔族には寿命がないといわれています。」といわれた。
「さすがに俺が100年も生きてはいられないが、俺が死ぬまで一緒にいたいと思ってくれるなら、約束してくれ。」
ズルいいい方なのはわかっているが、今までこの世界で生活して思ったのはたぶん魔族と人間ではそもそもの命の価値観が違う。
だからなんとなくで理解させるのは無理だろうと思い、イーラの好意を利用するいい方になってしまった。
もちろん俺がイーラを手放したくないってのは本当だ。
「約束する!リキ様とずっと一緒がいい!だから、リキ様が死ぬときはリキ様がイーラを殺してね。」
…は?
「なにいってんだ?」
「リキ様がいない世界なんて嫌だもん。だったらリキ様と戦って死にたいな〜。」
なんて答えていいかがわからなかった。
命の価値観が違うのはわかってたことじゃねぇか。
それでも自分の命は大事にしてほしいと思ってたのかもな。
少なくとも俺はイーラを殺したくなんてない。だから、俺が死んだ後でもイーラが生きていたいと思える何かを探そうと心に誓った。
俺が返答しなかったせいで少しの間があいてしまったが、最初に話し出したのはイーラだった。
「そういえば、リキ様とお揃いのスキルをイーラ、覚えたよ!」
イーラはニコニコとしているが、何故か嫌な予感しかしない。
そもそもイーラは俺のスキルを見れるわけではないはずだから、あまり知らないはずだぞ?
いや、本当はなんとなく想像はつく。
イーラの前で俺が使ったことのあるスキルの中でまだイーラが持ってないスキルは限られてるからな。ただ、それを認めたくないのだろう。
俺が聞き返すのを待っているイーラは凄く楽しそうだな。
まるで自慢したいけどもったいぶってる子どものようだ。
「なんのスキルだ?」
「『禁忌魔法:暴食』だよ!」
会話に参加していなかった仲間も含め、全員が目を見開いてイーラを見た。
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