第36話



微かにイーラの叫び声が聞こえた気がする。

確認でセリアを見る。


「合図です。」


「よし。これから入るが、今から宿に戻るまでは俺らの名前は口に出すな。俺がAアリアがBイーラがCセリナがDだ。様もつけるな。わかったか?」


「はい。」



セリナに鞭を渡す。


「ここから投げて壁の上に行かせるから、この鞭を垂れ下げてくれ。長さが足りないから、そこまでは自力で跳ぶ。俺が鞭を掴んだら引き上げろ。いいな?」


「はい。」



右手を横に出し、右手のひらの上にセリナを乗せてしゃがませた。

こいつかなりバランスいいな。

普通は乗れねえぞ。

というかさすがに加護があっても重いな。


なんとか重さに耐えながら、横投げでセリナを投げた。

離れる瞬間にセリナが跳んだせいで、さらに負荷がかかり、肩が外れるかと思ったわ。


そのせいか、角度を微妙にミスったみたいだ。

このままだと壁にぶつかると思ったら、セリナは壁に片足をついて、回転しながら上に跳んで壁の上にたった。


ずいぶん器用な真似をしやがるな。


セリナが鞭を垂らしたが、けっこう跳ばないと届かねぇな。


裏路地まで下がり、助走をつけて、壁を蹴って跳んだ。


ちゃんと助走をつけたからか、思ったほどPPゲージは減らなくてすんだ。


鞭を掴んだ瞬間引っ張られた。


なんとか壁の上に着地したが、思ったより壁が薄い。よくこんな足場の狭いところに回転して着地したな。



上から城全体を見て、ルートの確認を取る。

警備はいないみたいだな。

元からいないのか、イーラが引きつけてくれてるのか…どっちでもいいか。


「警備がいないみたいだから、一気に行くぞ。違和感があったらすぐにいえ。」


「はい。」


鞭はセリナに預けたまま、俺が壁から飛び降りるとセリナも後から飛び降りた。

軽量の加護があるから大丈夫だろうと思ったが、かなり怖かった。

まぁ痛くなかったのが救いだな。


セリナは普通に着地したから、俺も平然を装っておいた。




その後はルート通りに順調に進んだ。

予定通り進みすぎて気味が悪い。


「この城はもともと警備がいないのか?」


「非常時は原因の排除と重役の護衛のみとなるのだと思います。」



金とかは後回しということか。

ちなみにこれから会う男は重役に入るのだろうか?

入っていないことを祈ろう。


「もし部屋に護衛がいた場合、俺が引きつけるから、男だけを狙って即終わらせろ。」


「はい。」



全力で走ってきたから、壁を降りてから5分ほどで目的の部屋の前に着いた。


まだイーラの2度目の叫びはない。




扉を開ける。



「誰だ?ノックもしないとはふざけてるのか!」


まだ俺の位置からは見えないが、男が怒っているのはわかる。

お前より偉いやつだったらどうすんだ?


まぁいい。



2人で中に入っていく。



男は入って左側にある机で何かをしていたようだが、俺らを見て瞬間的に顔を青ざめた。


どうやら護衛はいないようだ。

セリナに顔を向ける。


「間違いないか?」


「はい。こいつです。」


セリナが静かに怒っている。

こんなセリナを見るのは初めてだ。


「なら好きにしろ。」


俺は男と反対側の壁際の椅子に座った。


「はい。」


セリナは1本の短剣をローブの中から取り出した。


「ま、待て!俺は王族じゃないから誘拐しようが殺そうが金にはならないぞ!あとちょっと待ってくれれば金を払える!だから見逃してくれ!」


男は慌てて立ち上がり、交渉を始めようとした。

別に俺らは金目当てじゃねぇから無意味だな。


セリナは無言で近づき、短剣で男の右目を刺した。


けっこう容赦ねえな。


短剣を抜くと、遅れて男が痛みに気づいたのか叫ぼうとしたが、セリナは逆の手で男の顎を突き上げ、開きかけた口を強制的に閉じさせた。


その時に男は舌の先端を挟んだのか、何かが口から飛び出て、血も出ている。


男は崩れるように膝立ちとなった。


セリナはそんな男の姿を冷めた目で見下している。


男は恐怖で何もできなくなっているようだ。


セリナは短剣を逆手に持ち替え、男の左肩に突き刺す。


もう男は何が何だかわかっていないようだ。

もしかしたら痛みもわからなくなってるのかもな。



セリナは最後に短剣を横に振りぬき、俺の元に戻ってきた。


遅れて男の首が浅く切れて、血が噴き出す。


男は現状を思い出したかのように首を手で押さえて止血しようとする。

口から血を出しながら詠唱しようとしているが、うまく唱えられないようだ。


セリナは俺の右隣に座り、微妙な表情で男を見ている。


しばらくすると男はうつ伏せに倒れて動かなくなった。


「…次に行きましょう。」


動かなくなったことを確認したセリナが計画の続行を促してくる。

だが俺にそのつもりはない。


「いや、復讐はこれで終わりだ。」


「え!?話が違う!」


「じゃあ聞くが、この男を殺してスッキリしたか?」


「…。」


「だろうな。お前は恨んでる相手を殺してもスッキリするどころか余計にモヤモヤするタイプだろうとは思ってた。だけど、この男は殺されて当然だと思ったから、俺は殺すように指示した。だからこの男を殺したのは俺の意思だが、お前は自分の意思でこの後の2人まで殺したいと思っているのか?」


「…でも…。」


「でも?」


「…あの2人は許せない。」


セリナは泣きそうなのを堪えている。

こういうときは泣いた方がスッキリするだろうにな。


セリナの頭に手を置き、引き寄せる。


「べつに許す必要はない。お前は何もしてないのにこんな仕打ちをしたあいつらが一方的な悪なんだからな。辛かったよな。お前はまだ子どもなんだ。辛いなら泣け。泣いて泣いて泣き疲れたら前に進めばいい。」


「…でも、私はもう一生奴隷です。これが私の許された最後の意思だから…。」


「確かに俺はお前を解放するつもりはないが、それなりの自由は許してやる。だからこれからを楽しく生きることを考えた方がいい。復讐なんて無理にするもんじゃない。」


復讐を勧めた俺が何いってんだって話だよな。

だけど、なんとなくセリナには俺みたいになってほしくはない。


「…でも…でも。」


セリナは完全な涙声になって、言葉がもう出てこないようだ。


「お前はずっと頑張ってるのは知ってる。俺と会う前からずっとな。そりゃ辛かったよな。悲しかったよな。だからもうそんなに気を張らなくていい。今くらいは泣いてスッキリしておけ。復讐なんかよりスッキリできるぞ。」


我慢の限界だったのか、俺が話している途中で泣き始めていた。


泣き止むまでセリナの頭をローブ越しに撫でてやる。

これで少しは心を開けばいいんだがな。


セリナとは今後ずっと一緒にいることになるんだからな。

気を張られ続けて心労で倒れられてもめんどうだ。


しばらくして泣き止んだようで、ズズッと鼻をすする音がした。


「どうだ?スッキリしたろ?」


「うん。」


「じゃあ帰るぞ。」


セリナの顔が急に険しくなった。


「ごめんなさい。気づくのが遅れました。」


どうしたのかと思ったら、虎のような男が入ってきた。


「失礼しまーす。血の匂いがするからきたんだけど…おぉ、手遅れ。」


虎のような獣人は男の死体を見た後、俺たちを見た。


「本当は俺も表の化け物と戦いたかったのに団長のせいでクソだりー巡回とかハズレを引かされたとか思ってたら…。」



肉食獣が獲物を見つけたかのような獰猛な笑顔を見せた。



「当たりじゃねえか!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る