第19話



奴隷商に行く必要がなくなったから、途端に暇になったな。


武器は預けたから魔物狩りに行くことも出来ないし…。

ってか使い魔的には主が魔物狩りをしたらどう思うのだろう?

邪魔したりしてくるのだろうか?

邪魔してきたら仕方がない、一緒に狩るか。



それにしても初めてアリアの笑顔を見た気がする。

最初は珍しいと思ったけど、過去に笑顔になったのを思い出そうとしたらピンキーリングを眺めてニヤニヤしてたくらいしか思い出せなかった。

だからおそらく初めてだ。


あんな顔もできるんだなと思ったら、また無表情になってるけどな。



「…リキ様。薬屋に行きたいです。」



俺が手持ち無沙汰にしていることに気づいたのか、次の行き先を希望してきた。


まぁ暇だからいいか。


「じゃあ行くか。」






今日もドアには小さい看板があった。

おばあちゃん出かけすぎじゃね?


まだ一度もおばあちゃんを見てないんだが…


ドアを開けて中に入る。


「…またあんたか。」


もういらっしゃいませすらいわないんだな。


「今日はアリアの希望で立ち寄った。ってかばあちゃんを一度も見てないんだが、本当に存在すんのか?」


「失礼ね。まだ現役の名の知れた薬膳師よ。」


「ん?調合師じゃないのか?」


「おばあちゃんは薬の調合のみを極めたから、薬膳師なの。調合師は私よ。」


薬膳師は薬のプロフェッショナルで調合師はオールラウンダーってとこか?


まぁどうでもよかったな。


「そうか。んで、アリアは何がしたくてここにきたんだ?」


そういや来る途中で聞くのを忘れてたな。


「…薬草を売りに来ました。」


は?いつ採取した?


…そういや俺がイーラをテイムしてたときに草を毟ってたな。

なんで雑草と薬草の区別がつくんだ?


俺はそのために本まで買ったのに使ってないが、アリアは見なくてもわかるっていうのか?


アリアが女に草を渡す。


「へぇ。本当に薬草ね。でもなんで冒険者ギルドじゃなくてうちに?」


「…お姉さんにはお世話になったからです。」


「あら、可愛いこというのね。それじゃあギルド価格より高めに買い取ってあげるね。」


薬草を何種類かに分けて、それぞれ秤で調べてから、銀貨1枚を俺に差し出してきた。


「なんで俺なんだ?アリアが採取して売ってんだからアリアの金だろ?」


女もアリアも驚いた顔をした。


「あんたはやっぱり変わってるわね。奴隷に人権はないから、奴隷のものは主のものなのよ。まぁでも主であるあんたがそういうなら。はい、アリアちゃん。これで美味しいものでも食べてね。」


そういうもんなのね。

まぁ共闘して得たものは全部俺のものにしてるから、なんもいえないがな。


「…ありがとうございます。」


「あとこれもあげようと思ったけど、あのローブを着てないんじゃ危ないわね。」


なんか嫌な予感がするな。


「それはなんだ?」


「正式名称はないんだけど、私は業火玉と呼んでるわ。前にアリアちゃんにあげたのと同じものよ。」


あの死にかけたときのやつか。


「うちの奴隷に変なもの渡すな。」


「アリアちゃんはか弱いんだから、自分の身を守るものは必要でしょう?」


アリアがか弱い?

フッ。笑わせるな。


「アリアはヒーラーのくせに戦闘力だけで中級クラスだぞ?」


ダンジョンのおかげで力の目安がわかるから説明しやすい。


女は無言でカウンターの奥からこの前の大きな水晶を取ってきた。


「またステータスチェックしてもいい?」


ちゃんと確認は取るんだな。


「べつにかまわないが、ステータスチェックって何がわかるんだ?」


前に聞き忘れていたけど、せっかくだから聞いておこう。


「水晶にもよるけど、たいていは名前と年齢と種族くらいね。うちのは大きいから性別とレベルと状態異常とジョブまでわかるけどね。」


スキルや加護とかまではさすがに見れないのか。

まぁステータスチェックされるたびに筒抜けは嫌だから助かるがな。


「アリア。」


「…はい。」


最近は名前を呼ぶだけで理解してくれるから楽だ。


アリアが水晶に手を置くと水晶が淡く光った。


映し出された模様のようなものを見た女がまた驚いている。


「レベルが上限に達してるじゃない。魔物狩りはレベルが上がりやすいっていうけど、これは異常よ。どんな無理をさせてるの?」


「特に無理はさせてねぇよ。強いていうならゴブリンソルジャーに1人で戦わせたくらいで、あとは俺に支援魔法を使わせてたくらいだよ。」


「馬鹿じゃないの!?ゴブリンソルジャーとこんなちっちゃい子を戦わせる時点で虐待ものよ。」


「いや、アリアの方がゴブリンソルジャーより強いってのはわかってたし、実際に無傷で勝ってるしな。」


「無傷!?…アリアちゃん、本当なの?」


こいつ俺のこと信じてねぇな?

まぁ年齢と見た目だけならそんなに強いとは思えないか。


マリナも疑ってたしな。


「…はい。リキ様の戦い方を真似しました。まだうまくいきませんが、ゴブリンソルジャーくらいならもう大丈夫です。」


「ゴブリンソルジャーくらいって…。ねぇ、私が15歳になったらあんたのパーティーに入れてくれない?」



お前もか!?



「悪いが俺は奴隷以外とパーティーを組むつもりはない。」


「じゃあレベルをあげるコツを教えて?教えてくれたら業火玉の作り方を教えてあげるから。」


業火玉って自分で作れるのか?

それはちょっと知りたいけど、コツっていってもな…。


「コツもなにも、俺らはパーティー組んで大量の魔物を狩っただけだぞ?俺はここ4日で5回ほど死ぬ思いをしたがな。」


「そうだった。あんたは馬鹿だったわ。そんなやつとパーティーを組んでれば嫌でもレベルは上がるわね。でも人族レベルが高くても1人でゴブリンソルジャーを倒すのは難しいと思うけど?」


女がチラリとアリアを見た。


「…リキ様を見ているからです。」


それ、マリナにもいってたけど、普通の人じゃ意味がわかんないからな。

見てるだけで強くなるとか、才能あるやつの理論だから。


女がジト目で俺を見る。


「コツとは違うと思うが、俺が最初に気をつけたのは敵の攻撃をくらわないことだ。例え相手が雑魚でもだ。攻撃をくらうと痛いし、痛いと動きが鈍くなる。動きが鈍いと敵の攻撃をくらいやすくなるの負のスパイラルが起きるからな。」


つっても俺の場合は観察眼頼みな部分が大きかったがな。


「それはアドバイスとしてありがたくもらっておくわ。確かにそんな戦い方を真似できれば強くなれるのかもね。でも私はレベルを上げたいだけなのよ。」


こいつは強くなりたいじゃなくて、レベルを上げたいのか。

確かに調合師は強さはいらなそうだ。

それでもレベルを上げたいってのはレベルを上げることによって得られるスキルがあるのかもな。


「なら強いやつのパーティーに入って魔物を狩りまくるしかないな。支援魔法や回復魔法を覚えておけば強いパーティーにも入れてもらえると思うぞ。」


「知り合いにあんた以外に強い人がいないのよね。」


「冒険者ギルドで強そうなやつに声をかければいい。」


「そうね。考えておくわ。もしかしたらあんたの気が変わるかもしれないし。」


俺の気が変わるのを期待しても時間の無駄だと思うがな。


「それじゃあ約束通り、業火玉の作り方を教えてあげるわ。まずは見本を見せるから、空水晶を1つもらえる?」


見た目が似てると思ったらやっぱり空水晶が素なんだな。


アイテムボックスから空水晶を1つ取り出し、女に渡す。


女は受け取った空水晶をカウンターに置き、両手をかざした。


「我願う。強き者に打ち勝つための力を得るため、タメ重ねる器となれ。」


『アマス』


「我求める。1つ、他の理より出でし炎『フレア』。2つ、他の理より出でし炎『フレア』。3つ、他の理より出でし炎『フレア』。4つ、他の理より出でし炎『フレア』。5つ、他の理より出でし風『ウインド』。我の求めに応え、1つの力となり彼の者に与えたまえ。」


『エンチャント』


フレアと唱えるごとに女の前に現れていた火の玉のようなものが『エンチャント』といった途端に空水晶に吸い込まれていった。


透明だった空水晶が暗く濁って、中がよく見えなくなっている。


「できたわ。これで業火玉の完成よ。ちなみに失敗すると空水晶が割れて中の魔法が噴き出すから、室内でやるのはオススメしないわ。」


確かにあの炎が室内で上がったら、逃げられないから自分も建物も全焼だろうな。


「とりあえず『アマス』と『エンチャント』を覚えればいいのか?」


「そうね。あとは空水晶に付与する魔法もね。業火玉なら『フレア』と『ウインド』ね。ちなみに『エンチャント』はスキルで覚えると詠唱の変更が出来ないから、1つしか付与できないわよ。」


そういうのは先にいえよ。

もう2つとも取っちまったよ。


ってかスキル以外で魔法を覚えられるのか?

それこそ驚きなんだが。


まぁ物は試しだ。

アイテムボックスから空水晶を1つ取り出し、左手で持つ。


『アマス』


『エンチャント』


エンチャントをいい切る前に他の魔法を要求されたので、あらかじめ決めていた上級魔法の風を念じるが、失敗した。


そういや女は空水晶に付与する前に付与する魔法を発現させてたな。


空水晶を見ると『アマス』はちゃんとかかっているっぽいからあらためて使わなくても大丈夫だろう。



『上級魔法:風』


風とのリンクを切らずに次の魔法をうつのは慣れなきゃけっこう難しいな。


『エンチャント』


また何かを求められた気がしたから、操作していた風を選ぶと、空水晶に吸い込まれた。


透明な空水晶が半透明な黄緑っぽい色になった。


「これで完成か?」


「無詠唱で、しかも見ただけでできるとか、あんた嫌なやつね。」


なんでだよ。

詠唱省略はスキルで誰だって覚えられるだろ。


この空水晶…もう空ではないんだが、この風が入った水晶はまだアマスの効果が続いてるっぽい。


アマスに解説を使ってみた。




アマス…対象に力を蓄積できるようにする魔法。




ついでにエンチャントも見てみるか。




エンチャント…生物以外の対象に他の魔法を付与させる魔法。



生物以外なのか。




ってことは『アマス』の効果が持続してるなら、まだ蓄積できるんじゃねえか?



『上級魔法:風』


『上級魔法:冷』


できるかなと思ってリンクを切らずに2つの上級魔法を出してみたが、難しいうえにただでさえ消費が多いMPが倍速でなくなっていく。


早くエンチャントをかけなきゃだが、3つのことを同時にやるのは慣れなきゃ難しい…でもMPの消費速度的にそんな猶予はないし、リンクを切ったらこの店に被害を出しそうだ。

修理費なんかに金は使いたくない。


根性だ。



『エンチャント』


あれ?対象が1つしか選べない。

そういやさっき、スキルで覚えると1つしか付与できないっていってたな。

とりあえず風を選ぶ。


『エンチャント』


冷を選ぶ際に冷をかなり低温にしてから付与させた。


元空水晶の色が、半透明の薄い黄緑から白く濁った緑になった。



「あんたうちを破壊する気?」


「失敗しても被害を出さなくて済むように風を選んだんだ。そのくらいは考えている。」


「馬鹿なあんたが理解できるかわからないけど、魔法をこんな小さな水晶の中に圧縮して入れているの。それなのに上級魔法を3つも入れたら空水晶が割れたっておかしくないし、割れて圧縮されていたものが吹き出したとしたら、とてつもない威力になることくらい想像つかないの?こんな小さな家は簡単に吹き飛ぶわよ。」


圧縮して入れてたのか。

ファンタジー的にただ収納してるのかと思ってたわ。

まぁ余計なことをいうと面倒そうだからとりあえず謝っとくか。


「悪い。考えがたんなかったわ。新しいことができてちょっと楽しくなっちまってな。あとは外で試すわ。」


どうせMPももうほとんどないしな。


「わかればいいのよ。ってかあんた、前はガントレットなんてぶら下げてたから物理攻撃タイプだと思ってたのに上級魔法まで覚えてるのね。魔法使いにジョブチェンジしたの?」


確かに魔法使いもジョブに入ってるが、今も基本はガントレットで殴るタイプだ。


「ただ、SPが余ってたから取っただけだ。俺は戦闘ではほとんど魔法は使わないぞ。」


「余ってたって…さっきあんたが使ってた『上級魔法:冷』を取るためには少なくともSPを65必要とするのよ?それが余ってたってどんだけレベルを上げてるのよ。」


「とりあえず人族はカンストしたな。調教師もあと1レベルでカンストする。冒険者も50超えてるし、そこそこSPは手に入れてるな。」


「少なくとも2回はジョブチェンジしてるのね。しかもそれぞれをそんなにレベル上げるなんてどんな無茶な冒険をしているのやら。」


なんかかみ合っていない気がするが気のせいか?

なんとなくアリアを見る。


「…リキ様。」


「なんだ?」


「…たぶんですが、セカンドジョブやサードジョブを知らないのだと思います。」


「そうなのか?SPなんてものがある世界ではかなり役立つものなのに知られてないなんてあるのか?」


複数のジョブを一度にレベルを上げればそれだけSPが入るし、レベル上げ自体も1つずつやるよりずっと楽だろ。



「…SPで選べるスキルは膨大にあるため、探せば便利なものはたくさんあると思います。でも、発想がなければそもそも探せないため、ジョブを複数選べるスキルは知られていないのだと思います。」


確かに膨大にあるが、普通は一度は全部に目を通すだろ。

いや、そういや俺がわかりやすいように視覚化してるだけであって、もともとは脳に直接流れてくるような感じだったな。

アリアにも前にステータス画面っていっても通じなかったし。

だから欲しいと思ったものがあるかを検索するような形になるわけか。そしたら発想がなければ見つけられないってのも頷ける。


でも、今までの勇者はこの世界をゲームだと思ってたならそのくらいの発想はありそうだけどな。


自分だけ強くなるために教えなかったとかそんなところか?

ありえそうだな。



「さっきのレベル上げのコツの話なんだが、知ってると思っていってないのがあった。SPを欲しいって意味でのレベル上げならの話だがな。」


「なになに?」


「セカンドジョブってのを選んで、そこに余ってるジョブを設定する。お前の場合は今が調合師なら、少なくとも人族は余ってるはずだ。それをジョブ設定というスキルを取得して設定する。そうすれば2つのジョブが一緒にレベルが上がっていくから、SPの獲得は2倍だ。もちろんレベル上げ自体は魔物を倒さなきゃならないがな。」


「なるほど、そんな裏技があったわけね。自分から聞いといてなんだけど、それは私に教えちゃって良かったの?」


「別に隠すようなことでもないだろ?SPで取れるものなんだから。」


「意外ね。奴隷以外はパーティーに入れないっていっていたから、自分だけ強くなる方法を知っていて、他の人には教えないようにしてるのかと思ってたわ。」


「なんだそれ?俺自身べつに強くなる方法なんて知らんから地道に魔物狩りをしてレベルを上げてるし、俺が奴隷以外をパーティーに入れないのは裏切られるのを防ぐためだ。」


「それならいいのだけど、今はSPがなくて取れないから、レベル上げに行くときにはこの方法を使わせてもらうわ。」


「おう、好きにしてくれ。あと、俺の情報と業火玉の作り方じゃ釣り合いが取れてねぇだろうから、これもやるよ。」


アイテムボックスから空水晶を10個とりだし、カウンターに置く。


空水晶はまだまだいっぱいあるからな。

これでまた今度、何かの情報がもらえるならラッキーだしな。



「遠慮なくもらうわ。代わりといってはなんだけど、1つ情報をあげる。」


さっそくか。

前から思ってたが、もらったら返すを律儀に守るやつだよなこいつは。


「勇者のパーティーが決定したみたいだから、近々街の外に行くみたいよ。勇者はまだ弱くても、バックに王族がついてるから権力はあると思うわ。だからあんたみたいに目立つ人は目をつけられるかもだから気をつけなね。」


気をつけろといわれても、勇者の顔も知らないからな。


「まぁ目立たないように気をつけるよ。それじゃあいろいろとありがとな。」


「こちらこそ。」


やることも終わったので、薬屋を出た。




それにしてもやっと勇者は動き出したのか。


同じ異世界人のくせに初日から頑張らずとも生きていけるとはいいご身分なことで。


代わりに王様の犬となることを考えたら、俺は今のままの方がいいな。


そんな結論を出して。歩き出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る