第3話:精霊祭【前編】



 精霊歴九八六年十月――大気は冬の到来を予感させるように冷気を孕んでいた。

 アルカは公園のベンチに座り、細かく千切ったパンを地面に投げる。

 鳥が先を争うように群がってくる。

 大きめの欠片を摘まんで差し出すと、隣にいた鳥は警戒する素振りも見せずに一呑みにしてしまった。

 窓ガラスを突いていた鳥だ。

 顔を上げると、衛兵が木々の間に紐を張っていた。

 何やら、金属の錘のような物をぶら下げている。

 何をしているのか分からずに首を傾げていると、アーネストが近づいてきた。


「や、やあ、アルカ。すごい鳥だね」

「……友達」


 アーネストはおっかなびっくり近づいてきた。

 鳥に囲まれるのは怖いらしくベンチに座ろうとしない。


「……アーネストと一緒」

「えっ?」


 アーネストは驚いたように目を見開いた。

 どうやら、鳥と同列に扱われるのは嫌なようだ。


「……冗談」

「あ、そうなんだ。びっくりしたよ」


 安心したのか、胸を撫で下ろしている。

 それにしても、アーネストは自分以外に友達がいないのだろうか。


「……アーネスト、友達できた?」

「えっ?」


 パンの欠片を投げながらそれとなく尋ねると、問い返されてしまった。

 まあ、考えてみればコミュニケーション能力が高ければイジメられていないだろう。


「うん、できたよ」

「……そう」


 やはり、友達がいないのだ。

 もしかしたら、模擬戦で圧勝したせいで腫れ物扱いされているのかも知れない。

 だとしたら悪いことをしてしまった。

 悪童のレッテルを背負わせてしまったのだから。


「……よろしく」


 隣にいた鳥が甲高い声で鳴くと、地面にいた鳥達がアーネストに群がった。

 瞬く間に姿が見えなくなる。


「アルカ! アルカッ!」

「……これで寂しくない。友達が沢山いる」


 アルカーッ! とアーネストは叫んでいる。


「……パンがなくなったので、解散」


 手を叩くと、鳥達は一斉に飛び立った。

 アーネストは顔面蒼白で四つん這いになっている。


「ひ、酷いよ、アルカ」

「……友達に囲まれている気分を味わわせてあげたかった」


 アーネストはヨロヨロと立ち上がり、倒れ込むようにベンチに腰を下ろした。

 今にも泣き出しそうな顔をしている。


「……そんなに怖がる必要はない。気のいい連中ばかり。無口な所が玉に瑕」

「そりゃ、鳥だもの」


 アーネストは溜息交じりに言った。


「ねえ、何を見てるの?」

「……紐と吊されている金属を見ている」

「アルカ、精霊祭を知らないの?」


 隣を見ると、アーネストは驚いたような表情を浮かべていた。


「精霊祭?」

「毎年十月にやってるじゃない」


 言われてみれば小さい頃に行ったような覚えがある。


「精霊の恩寵に感謝する日だよ。紐は……って言うか、金属は精霊をしばらくその場に留めておくための物らしいよ」

「……一つ欲しい」


 盗まれないように対策をしているように見えない。

 と言うことは大した金額ではないのだろう。

 父親は街の衛兵をしているから安く入手してくれるかも知れない。


「今日、予定ある?」

「……特にない」

「そ、そうなんだ」


 アーネストは嬉しそうだ。

 流れ的にデートのお誘いだろう。

 よもや、自分がデートに誘われるとは思わなかった。


「あのさ、えっと、僕も予定がないんだ」

「……」


 さっさと用件を言って欲しいが、アーネストが精一杯の勇気を振り絞ってデートに誘おうとしているのだ。

 ここは待ってあげるのが礼儀だろう。


「も、もも、もし、よかったら、ぼ、僕と」

「……」


 顔が真っ赤だ。


「ぼ、僕と、僕と……」

「……」


 久しぶりにイラッとした。


「分かった。アーネストと精霊祭に行く。家で待っているので、迎えに来て欲しい」

「あ、うん、じゃあ、夕方に迎えに行くよ」


 アーネストはしょんぼりしている。



 家に帰ると、母親が玄関で出迎えてくれた。


「お帰りなさい、アルカ」

「……ただいま」


 アルカは靴を脱ぎ、動きを止めた。

 やはり、アーネストと精霊祭に行くと報告するべきだろう。


「……アーネストと精霊祭に行く約束をした」

「まあ!」


 母親は嬉しそうに手を叩いた。


「じゃあ、余所行きの服とお小遣いを用意するわね。こんなこともあろうかと、こ~んなこともあろうかと準備していたのよ」


 自分がデートに誘われたような反応だ。

 自分が親になった時――前世の記憶に汚染されつつある今、まともに男性と付き合えるかとても不安だが――にこんな態度を取れるか自信がない。


「それにしても、アルカはおませさんね」

「……おませなのはアーネスト」


 母親は腰を屈めると指でアルカの額に触れた。


「きっと、普通はこれくらい小さい頃からお付き合いを始めるものなのね。それが分かってたら、それが分かってたらな~」


 畜生、と母親は拳を握り締めた。

 まるで婚活で失敗し、妥協して父親と結婚したような発言だ。


「……大丈夫? 愛はある?」

「もちろん、お母さんはお父さんのことを愛してます」


 母親は胸を張って答えた。


「どうして、そんなことを聞くのかしら?」

「……婚活で失敗したような台詞を聞いて不安になった」


 一体、自分の親権はどちらのものになるのだろう。

 若い内の苦労は買ってでもしろと言うけれど、苦労は勝手にやってくるものだし、逃げても対応しなければならない時が必ずやってくる。

 それまで苦労と無縁の生活を送りたい。

 自分本位な考えで申し訳ないと思うけれど。


「婚活って、そんな言葉を何処で覚えてくるのよ」

「……夢?」


 アルカは小さく首を傾げた。


「……心配」

「仕事優先で生活してたら行き遅れてて、焦って婚活してみたものの、上手くいかずにちょっと心が折れそうになっている時にお父さんに優しい言葉を掛けられて猛プッシュした経緯があるけど、そんなに心配しなくて大丈夫よ」

「……聞きたくなかった」


 そんな話を聞かされても不安が増すばかりだ。

 子はかすがいと言うけれど、両親の仲を取り持つ自信がない。


「大丈夫よ、大丈夫。お母さんとお父さんは愛し合ってるし、心の底から貴方のことを愛してるわ」

「……むぅ」


 楽観的すぎるのではないかと思うが、母親の観察力がアルカを上回っていることは認めなければなるまい。


「さあ、おしゃれタイムよ」


 母親は楽しそうに笑った。

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