離島の因習
紫 李鳥
前編
左には菜の花畑。右には紺碧の海。
小高い丘に伸びた一本道を行くと、白い建物がある。
それが、四、五歳の頃の記憶の断片だった。
床に臥せた母の髪を
だが、そんな記憶にさえない母の顔だが、その髪質だけは、遺伝として私に受け継がれていた。
母の死後、父は漁師を辞めると、私を連れて故郷を離れた。
記憶の断片にある、連絡船から振り返って見た島は、段々畑の菜の花で黄色かった。
父は日雇い人夫をしながら、各地を転々とした。
酒が入った父の口からその事実を聞かされたのは、私が高校を卒業して間もなくだった。――
「貧しくてなぁ……。お前の母ちゃんを病院に連れて行く金もなかった。……暢子、勘弁しろなぁ。父ちゃんに甲斐性がねぇばっかりに……」
父は
「……母さんはなんの病気だったの?」
これまで、その件に触れないのが暗黙の了解になっていたが、話の流れで、ついでに聞いてみた。
「……流産してなぁ。元々、体が丈夫なほうじゃなかったから。……父ちゃんが殺したようなもんだ」
「……ね? 私の記憶に白い建物があるんだけど、あれって、灯台? それとも教会?」
途端、コップを持った父の手が止まった。
「……教会だ」
「じゃ、お父さんもクリスチャンだったの?」
「島のもんはみんなそうだ」
「じゃ、母さんも?」
「やめろーッ!」
父は突然、持っていたコップを壁に投げつけた。
私は驚きのあまり、目を丸くしたまま身じろぎもできなかった。
穏やかで物静かな、いつもの父とは別人のようだった。
「……お父さん」
「……すまなかった」
父は頭を抱えると、後悔するかのように身を震わせていた。
その様子は只事ではなかった。
……故郷のあの島で、一体何があったの?
私は、割れたコップの欠片を拾いながら、頭を抱えたままの父を凝視した。
重い十字架を背負ったような、苦痛に
それ以上、父の口から真相が語られることはなかった。
私が全貌を知ったのは、それから二年後の、父が脳梗塞で逝った後だった。
父の遺品となった古い
毛筆で書かれたその筆跡は、紛れもなく父の字だった。
そして、中にあった手紙の内容はあまりにも衝撃的だった。
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