第2話 居候と肩に触れた温もり
翌朝、北斗を連れておじいちゃんと村役場へ向かった。村長である大貫さんのところに北斗を連れて行くのかと思いきや――。
「それじゃあ、俺は大貫さんのところに行ってくるから。明莉、北斗のことを頼んだぞ」
「え、ちょっと待って! 私今から仕事が……」
「まだ三十分ぐらい時間あるだろ?」
「それはそうだけど……」
私の返事を最後まで聞かず、おじいちゃんは役場の中へと入っていく。
残された私たちは、どうするべきかとドアの前で立ち尽くす。
「……仕事、まだ大丈夫なのか?」
「うん、始業まではまだあるからね」
とはいえ、本当は昨日の話をもう一度きちんとしなければいけないのだけど、こんな状態で北斗を放っていけるわけもないし。とりあえず課長のことは始業後に捕まえることにして、私は北斗の隣に並んだ。
「そっか。……なんか、ごめんな」
「気にしなくていいよー。おじいちゃんすぐにいろいろ拾ってくるからさ」
私はわざと明るくいうのだけれど、実際おじいちゃんの拾い癖は酷い。思い出すと頭が痛くなるを通り超して可笑しくなってくる。
そんな私を不思議そうに見ると、北斗は首を傾げた。
「そんなに拾ってきたのか?」
「犬に猫、狸とかウサギも拾ってきたことあるよ」
「え……本当に?」
「ビックリだよね。怪我してたりすると放っておけないんだって。どれも怪我が治ると離してやるんだけど、しばらくは寂しそうにしているよ」
そんなに別れが寂しいなら拾ってこなければいいのに、と思ったこともあるけれど、つい気になって拾ってしまう気持ちも分かるから何も言えなかった。
でも……。
「まさか倒れている人まで拾ってくるとは思わなかったよ」
「……悪い」
「北斗を責めてるわけじゃないの。ただおじいちゃんらしいなって」
「良い人だな」
「うん」
本当に、そう思う。父も母も亡くなったあと、まだ十四歳だった私を男手ひとつで育ててくれた。思春期真っ盛りの女の子なんて育てにくかったに違いない。なのに、嫌な顔一つすることなく父の代わりも母の代わりも務めてくれた。
そんなおじいちゃんが私は大好きだ。
「……なあ」
「え?」
「あれ、誰?」
おじいちゃんとの思い出に浸っていた私は、北斗の声で現実へと引き戻される。もう一度「誰?」と北斗が言うのでそちらに視線を向けると、訝しげに私たちを見つめる人の姿があった。
あれは――。
「
「……司? 知り合い?」
「幼馴染なの。司―。おはよう!」
「……おはよ」
私が呼ぶ声が聞こえたのか、司はツカツカとこちらに向かって歩いてきた。二歳年上の司は、兄のような存在であり、同い年がいないこの村で一番年の近い友達だ。
「その人」
「あ、うん。もう知ってるかな。昨日――」
「明莉のじいちゃんが浜辺で拾ったっていう行き倒れ?」
「行き倒れって……。まぁそんなところ」
小さい島だけあって、おじいちゃんが北斗を拾ったことは司にも知れ渡っていた。この分じゃあきっと、うちの課長まで知ってそうだ……。
「ふーん、その人が。で、名前は?」
「あ……」
そうだ、みんなが知っているようで、知らないことがある。
それは――。
「記憶喪失?」
「そう。自分の名前も何もかも思い出せないらしいの」
「ふーん?」
私の言葉に、司はもう一度北斗をジロジロと見る。その視線が、まるで異分子を見るようで、なんだか気分が悪い。思わず北斗と司の間に割って入ると、私よりも20cmは背の高い幼なじみのことを下から睨み付けた。
「何?」
「……別に。それで? 明莉のじいちゃんは?」
「今、大貫さんのところに行ってる。北斗のこと、どうするか決めてるんじゃないかな」
「北斗?」
突然出てきた名前に司は眉をしかめた。そうだ、まだ言ってなかったっけ。なんとなく気恥ずかしく思いながら、私は早口で司に北斗の名前を説明した。
「名前、分からないと不便だから北斗って呼ぶことにしたの。北斗七星の北斗」
「北斗、ねぇ」
「……何? 司まで笑うの?」
「笑わねぇけど。……あ、戻ってきたぞ」
何か言いたげな司は、私の後ろに視線を向けると頭を下げた。振り返るとおじいちゃんと大貫さんが歩いてきているのが見えた。
おじいちゃんより一つ上の大貫さんは、おじいちゃんより随分と若く見える。二人曰く、若い頃は島で一、二を争うほどの美男子だったとか。……どっちが一番だったかは聞いていない。きっと聞けばどちらもが自分が一番だと主張するに決まっている。
そんな大貫さんは私の顔を見てニッコリと笑った。
「おはよう、明莉ちゃん」
「おはようござます」
「……君が、北斗君だね」
「はい」
大貫さんは北斗のことをしばらく見つめると……「いいんじゃないかな」と微笑んだ。隣に並ぶおじいちゃんは眉間にしわを寄せて立っているから、余計にわけがわからない。
「え……?」
「それじゃあ、
「おう」
それだけ言うと、大貫さんは役場の中へと戻って行く。あとに残された私たちはなにがどうなっているのか分からず、おじいちゃんに視線を向けた。
「どういうこと?」
「ん? 北斗はしばらく家で預かることになった」
「ええっ!?」
「なっ……!」
思わず声を上げた私の隣で、何故か司も口をパクパクとさせながら何か言いたげにおじいちゃんを見ている。
でも、そんな司に構う余裕もなく、私はおじいちゃんに尋ねた。
「なんでそうなったの?」
「嫌なのか?」
「嫌っていうか……事情が呑み込めなくて」
「あんなところで倒れていたぐらいだ。この島に来る途中の船から落ちたんだろう。だとしたらすぐに連絡が来る。それまでの間、うちで預かるって話だ」
「……来るのか? 本当に」
おじいちゃんの言葉に、司が反応する。その言葉の意味が分からずにいる私とは違って、おじいちゃんは困ったように頭を掻いた。
「来なかったら、その時は、その時に考える」
「……そうか」
「で、でもなんでうちなの? 大貫さんのところでも……」
「……大貫のカミさんが具合がよくなくてな。知らないやつの世話をできる状態じゃねぇんだ」
「え……?」
おじいちゃんは「誰にも言うなよ」と付け加える。
そんなこと、知らなかった。いつも優しく「いってらっしゃい」と言ってくれていた大貫のおばちゃんの具合が悪いだなんて……。
「まあ、ってことだ。うちなら世話する暇な人間もいることだしな」
「ちょっと待って? それって私のこと?」
「よくわかってるじゃないか」
「ひっどーい! 私だって今、仕事のことでごたついていて……」
「ん? なんか言ったか?」
「別に!」
むくれる私をよそに、北斗はおじいちゃんに頭を下げた。
「すみません……。なるべく早く、思い出せるように頑張ります」
「まあ、気にすんな。困ったときはお互い様だからよ。何かあったら明莉に言ってくれ」
「ありがとうございます」
まあでも、これでとりあえず当面は大丈夫そうだ。――そう思った私の隣で、司が眉をしかめているのが見えた。
そう言えばさっきも何か言いたげにしていたっけ……。いったいどうしたというのだろうか?
「司?」
「……いいんですか?」
「ん?」
「本当に」
司は私の言葉を無視すると、北斗を一瞥した後、おじいちゃんに向かって口を開いた。
その言葉の意味をどう理解したのか、おじいちゃんはニヤリと笑った。
「明莉に何かしたら、その時は――浜辺じゃなくて海に浮かべてやるから大丈夫だ」
「べ、別に俺はそんな心配をしているわけじゃ……!」
珍しく司が動揺している。
いつもは落ち着いている司のこんな表情は珍しい。でも、どういう意味だろう?
「おじ――」
尋ねようとした私の言葉を遮るようにして、北斗が口を開いた。
「大丈夫だ、俺にだって好みはある」
「なっ……!」
北斗の言葉に、可笑しそうに笑うおじいちゃんと冷たい視線を向ける司。そして一連の言葉の意味にようやく気付いた私は――。
「どういう意味よ!」
「そのままの意味だ」
「おじいちゃん、やっぱり預かるのやめよう? 今からでも浜辺に戻しに行こう!」
「ははは、まあ仲良くしろよ」
「おじいちゃん!」
怒る私をケラケラと笑うと、おじいちゃんは自宅へと戻って行く。
置いて行かれた北斗は困ったような表情を浮かべた後、私と司に頭を下げておじいちゃんの後を追いかけた。
「……大丈夫か」
「え……?」
残された私たちは、始業時間が近付いてきたので役場の中へと入る。
思わずため息をついた私に、司は心配そうな視線を向けた。
「もし嫌だったら俺の家で預かれないか聞いてやろうか」
「……ありがとう」
「別に……」
「でも、大丈夫」
そりゃあ、さっきは失礼な言葉に怒ってしまったけれど、根は悪い人じゃないと思う。多分。
それに……。
「おじいちゃんが気に入っちゃっているみたいだから」
「そうか……」
それ以上、司が何か言ってくることはなかった。
ただ、持ち場に着く前に一言。
「何かあったら言えよな」
そう言って肩をポンと叩いた。
「ありがとう」
触れられた肩に、ほんのり温もりを感じて――私は胸の奥があたたかくなるのを感じた。
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