God’s gardenia

しゃべるそら

第壱話 目覚め

 ここは、教会。


 話すための教壇と、聞くための長椅子。

 独特なデザインの内装。美しい色がらす窓。




「私……は……」




 今まで何をしていたんだっけ。


 さっぱり、思い出せない。




「今まで、何を? ……誰だ、私は」




 すべての記憶を、失った。


 その代わりに”何かを得た”感覚がある。




「「ランゲルデ」」




 どこかから声。

 やさしい声が聞こえる。




「「あなたの名は、『ブルーゥダ・ランゲルデ』」」


「……ランゲルデ?」


「「そうだ。『ブルーゥダ・ランゲルデ』」」




 どこから声がするのだろう。

 声の方向が分からず、私は周りを見る。


 教会の一角に人を見つけた。




「そこのシスター」

「……?」

「今、わたしに声をかけたのはあなたですか?」




 シスターは不思議そうな顔をすると、首を横に振った。




「誰も、あなたには声をかけていませんよ」




「「それは誤りだ」」




 シスターが何か落とした。書類を落としたようで、紙の束がばらばらに飛び散った。


 とても驚いた様子のシスター。

 彼女にもこの声が聞こえて、この声はシスターのものではないことが分かった。




「「ブルーゥダ」」


「私のことですか」


「「その通り。わたしが口を開き、あなたを呼んだ」」




「あなたはだれですか」




 人か。


 いや、神か?




「「その通り」」




 神様。




「今の、声は……!」


 シスターが驚いて膝をふるわせている。




「「行け」」




 神様がそう言うと、頭に何かが思い浮かんだ。


 行かなくては行けない場所。行き先だ。




「「そして知れ」」




 そして私は立場を知った。

 私は、神の代行人。


 『わたしはなにをすればいいですか』と聞かずとも、それが分かってしまった。




「「目的が果たされたなら、すべて思い出させよう」」




「私の記憶を……?」




「「その通り。では、」」




 神様の言葉は、つぎの一言で終わった。




「「始まれ」」








「……神は最後に、一言『始まれ』、と」


 先程のことについて、シスターは話を聞いてくれた。




「神がすべてを創造された際口にされた言葉ですね。『主は一言、始まれ、と仰った』と書かれています」




 私は、知った。

 これはばかげた幻などではないことを。


 つくり話でもなければ、ありもしない伝説でもない。ただ真の事実。


 目を覚ましたら、神が名前を教えた。

 私の名を。




「神の恩寵です」


 目を輝かせて顔を見上げるシスター。

 両手を組み、祈るように、教会の壁画に目線を送る。


「私もこのようなこと、目にすることができて、本当に、本当に……」


 涙すら浮かべて喜ぶ様子だ。




「神は、わたしのことを『ブルーゥダ・ランゲルデ』と」


「『ブルーゥダ・ランゲルデ』……まあ! 神から名を授かったのですね」




 どういう意味なのだろう。


 記憶が無ければ、意味もわからない。

 すべきことは分かるが、ほとんどが闇の中だ。




「意味は、『笑う知恵遅れ』」




「『笑う知恵遅れ』?」




 なんだその名前は。神様から貰ったにしては、残念な意味にきこえる。


 笑うというのも変だし、知恵遅れに良い響きはしない。

 どういうわけで、そんなものが。




「笑うと言っても、厳密には『嗤う』。あざけり笑うという意味です」




 まだいい響きには聞こえないが。

 人をあざけり笑う? それが神様から貰った名前の意味?


 悪人の行いのようで、その真意が掴めないが。




「『知恵遅れ』というのは、そのままの意味ですが……我々はよくこの言葉を良いものとして捉えます。『人にあって知恵遅れな者も、主の信仰あれば賢くある』、つまり」


「つまり?」




「『嗤う知恵遅れ』、真の意味は『神の敵を嗤う賢き者』。言葉通りであれば名前にはそぐわない意味ですが、こと神様からすれば、最も良い行いをする者という……」


「成程、成程。理解した」




 意味のある名前なのだと理解した。


 話の途中だが私は先程既に知ってしまった。


 私が何をして、なにをしなければいけないのかを。




「服を頂きたい」


「服、ですか?」


「今はとても肌寒い。今の服では、こごえてしまう」




 白い布切れの服しか、私は着ていなかった。

 なんでもいい。みてくれは気にしないから、ゆく道で凍えない服が欲しかった。


 シスターは少し迷ったように首を傾け、指を頭に当てたり、周りを見渡したりしてから……。




「女性用の修道服しかないんです」


「それでいい」


 そう言った。

 私はすぐさま返事をした。




「ええ、いいんですか? あなたは……」




 シスターは驚いて私を見る。見たが、驚きから一転納得の表情をする。




「男性……と思っていましたが、違うのですね」




 男性? 思い返すと、目が覚めてから性別も忘れていることに気を止めていなかった。


 体を触る。




 私は男性だった。




「どうやら私は男性のようだ。記憶をなくしていて、分からなかったが」


「あ、あわわ……すみません、見てしまいました、お恥ずかしい動きをするところを」




 体を触って男性だと分かった。シスターはその動作を見て恥ずかしがったようで、顔を赤くしていた。


 顔を逸らし、目線を逸らし、目を細めながら手を体の後ろでもじもじとしていた。

 頻繁に瞬きをして、本当に恥ずかしそうにそっぽを向いている。

 悪いことをしたようで申し訳がたたない。




「すまない、ところで私は男性だ。それでも構わない、服を頂戴したい」


「は、はい。よろしいですよ。替えの修道服がありますから差し上げます」




 こちらに目線を戻したシスターはまだ赤面のままだ。




「ところで、私の外見は男性らしくないのか?」


「外見、ですか?」


「すぐに男性だと断じなかった。その理由が私の外見にあるように思える」


「そうですね、あなたの外見は、中性的です」




 中性的?




「男性といっても、女性といっても、差し支えないように思えます。その金色の髪もとても似合っていて」


 中性的な外見。金髪。

 それがわたしの見た目ということか。


「……金髪ではあるのですが、すこし色が濃いのですね。その色はまるで……」




 髪の色は、まるで。






梔子くちなしの花のよう」

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