277カオス 衝動が作品をつくるような気がする
衝動的に書くようなタイトルにしましたが、じっはずーと考えてたことについて書いてみます。
少し前に、フォローさせてもらってる澄田こころさんがエッセイで今日マチ子さんの『cocoon コクーン』について書いていて、わたしコメント欄に「読んでみたい」と書いたんです。読み返すと、ひと月くらいまえのことです。
じつはすぐ買ったんですよ。
で、読んだんですけど、かなりヘビーなマンガで。だいぶ引きずりまして……。澄田さんがエッセイに書いていますが、太平洋戦争中、沖縄での「ひめゆり学徒隊」をモチーフにとったマンガです。
ひめゆり学徒隊は、女学生によって組織された看護部隊の呼び名ですね。詳細はググっていただければいいので割愛しますが、『cocoon コクーン』はそのシンプルな線とかわいい絵柄とは裏腹に非常にシリアスで凄惨な内容です。や、しんどかった。
そこで考えたことを。
「百合もの」ってジャンルがあるじゃないですか。読まないんですけど(苦笑)『cocoon コクーン』は女性ばかり出てくるんです。男性はほとんど出てこず、「白い影法師」として描かれるのが象徴的。
少女たちだけの空想の物語です。わたしには、ここに「百合もの」の世界観を感じるんですが、『cocoon コクーン』はこの心地よい百合世界が、男性の引き起こした巨大な暴力(戦争という厳しい現実)によって破壊されるっていう物語。
わたし男なので、きついな……。
サンという主人公は、さいごまで生き残りますが、彼女が「こうだったらいいな」という空想的な世界の見方(作中では繭のなかというイメージで表現される)がどんどん戦争によって引き裂かれて行って、さいごにはサンが現実に羽化する(サンって絹糸をとる繭をつくる蚕「かいこ」の音読みですね)って物語構成になっています。
蚕って、人の手なくして次の世代に命をつなぐことはできない「家畜昆虫」なんです。ほとんどの蚕は、絹糸を取るために殺されてしまって、ほんのわずかの個体だけが選別されて生き延びます。こうして世代交代を繰り返した結果、蚕は蛾でありながら、飛翔能力を持たない蛾となってしまいました。すごく暗示的。
人の手よって生かされてる、本来は飛べたはずなのに飛べなくなってしまったわたしたち――今日マチ子さんの描く現代人像――と見るのは、うがちすぎた見方ですかね?
このマンガはたくさんの伏線とメタファーがちりばめられていて、なんどでも読み返せます。ひと月も感想が書けなかったのは、こりゃぜんぜん読み解けないと思って……。
もっといろいろな視点から読めると思うんですけど、今回はこの辺で。こういうのを描く人って、どういう風に世界を見てて、なにに突き動かされて物語を作るんでしょうね?
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