97カオス ノートと応援コメント

 子どもの頃、使っていたノートを覚えていますか? 小学生の頃、毎晩教科書と一緒にランドセルに詰めていたアレです。

 私が母親に買ってもらっていたのはショウワノートの「ジャポニカ学習帳」だったのですが、わかるでしょうか。表紙に世界の花や昆虫(「昆虫は気味がわるい」とクレームがあり、昆虫が表紙を飾ることはなくなったとか)の写真が載っていた小学生向けノートです。


 私が小学生の頃ですから、ずっと前のことになります。ノートの見開きに(確か見開きだったと思います)、ミケランジェロのダビデ像のエピソードが載っていました。こんなお話です……。


 有名な彫刻家、ミケランジェロがまだ若かった頃。フィレンツェの市庁舎を飾るための彫刻を注文されたミケランジェロは、巨人ゴリアテとの戦いに向かう若者、ダビデ(旧約聖書にみられる伝説のイスラエル王)をモチーフに大理石の像を彫りはじめた。

 像を彫りはじめて3年。ようやくダビデ像が完成に近づいたころ、フィレンツェの市長がミケランジェロの仕事場を訪れることになった。注文していた彫刻の完成が近いと聞いたからだ。

 やってきた市長は完成間近のダビデ像を一目見て、そのみごとさに驚いた。彫像は高さ5メートル余り、強敵を前にした青年ダビデの決意と生命力が完璧な肉体美のなかに見事に表現された傑作である。

「すばらしい彫像ではないか、ミケランジェロ」

「ありがとうございます」

 市長はミケランジェロの才能に感嘆したが、手放しでそれを褒めてしまっては、市長としての威厳が保てないと考えたのだろう。この像にささいなケチをつけた。

「ただ、このダビデの鼻は少し高すぎるようだ」

「鼻でございますか」

 見上げてみても、ミケランジェロの手になるダビデ像の顔は完璧なバランスを保っている。市長は自分の威厳を取り繕いたいだけなのだ。

 人一倍自尊心の強いミケランジェロが、怒り出さないだろうか。弟子や市長のお付きの人びとが、どうなることかと固唾を飲んで見守る前でミケランジェロは「わかりました」とのみと槌を手に取ると、するすると梯子を登り、すかさずダビデ像の鼻に槌を振り下ろした。

 カン、カン!

 ぱらぱらと大理石が粉となってダビデ像の鼻先から床に散り落ちた。

「いかがでしょう?」

「うん、よくなった。これでダビデ像はより完璧な彫刻となった」

 市長はダビデ像の鼻先を眺めると、満足した様子でミケランジェロの仕事場から立ち去っていった。市長が去った後で、心配した弟子たちがミケランジェロにあんなことをして大丈夫だったのかと尋ねると「大丈夫」といって手に握った大理石の粉を見せた。

 のみと一緒に大理石の粉を手に取ったミケランジェロは、あたかも鼻を削り落としたかのように見せかけて、それをぱらぱらと市長の前で落として見せただけだったのだ。


 だいたいこんな感じのお話。

 俗っぽい権威主義者の市長さんが、天才彫刻家ミケランジェロの機転に踊らされる構図が痛快な小話で、当時、小学生だった私はとても愉快に感じたんでしょうね。いまでも覚えてます。


 ネットで小説を書いていると、お互いに(ときには一方的に)小説の批評をすることがあります。カクヨム でも応援コメントや、レビューの本文に小説の批評めいたことを書きたくなることがあります(誘惑に負けて、実際に批評することもあります)。


 そうしたときに、この『ダビデの鼻』のエピソードを思い出すことがあります。ここに出てくるフィレンツェの市長って嫌なやつじゃないですか。自分の体面を一番気にしていて、肝心なはずの彫刻のことは見ていない。よく見てればダビデの鼻が低くなっていないことは分かったはずですからね。


 コメントを書くとき、私は自分がこの市長の役回りになっていないかって考えながらコメントしてます。他の作家さんの小説の一部を取り上げて、「ここはこうした方がいいんじゃないか」とか「人気作家の◯◯は、こういう表現をしている」とか……。私に限らず、知らず知らずに書いてしまいそうなコメントなんですが、投げつけらた作者さんにとってみれば、


 ――何ピント外れ言ってんだ。こちらにはこちらの都合があるんだよ!


 って具合のミケランジェロ的感想を抱くでしょうね。知ったかぶりでコメントした側は、小話同様、ピエロ市長です。いや、恥ずかしい! 私も過去には一度ならずそうしたことがあったので、思い出すと「穴があったら入りたい」状態です。


 それから、「それは作品をよく読んだ上でのコメントか?」とか、「それは自分のポジションを考えたコメントになってないか?」とか考えてコメントするようにしてるんですが、(笑)


 おっ、結局、私がなぜカクヨム 作家さんの作品に応援コメントやレビューを残せないかという言い訳に終わってしまった……。お粗末でした〜

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