91カオス 小説の魅力とは
家事をしながらYouTubeを観る(または聞く)というのが、普段の日、私のささやかな楽しみです。昨日、なにかおもしろそうな動画はないかと探していて、映画監督・押井守さんの動画を見つけました。
押井さんは、『GHOST lN THE SHELL 攻殻機動隊』や『機動警察パトレイバー the Movie』、『うる星やつら2 ビューティフルドリーマー』などのアニメ映画の監督として、私世代(50歳前後?)のアニメ好きにとってはカリスマ的存在であったりします。
YouTubeの動画は、たわいのないトークが中心の軽いものだったのですが、話のなかに『天使のたまご』というアニメが出てきたので、いろいろと考えはじめてしまいました。そこで私は動画切ると、思う存分考えることにしたのでした。
『天使のたまご』は、いままで見てきたアニメの中で、もっとも印象に残ったアニメのひとつです。というか、忘れることができません。見たのは一度だけ。もう30年以上前のことです。
押井さんのアニメは、なんというか作家性が強いものが多くて、好き嫌いが分かれる作品が多い(いや、押井守自身が好かれたり、嫌われたりしている?)という印象があります。私は押井さんの作風が好きですね。
そんな押井アニメのなかでも、吹っ切った作品が『天使のたまご』です。内容は、卵を抱えた少女と大人びた少年がつかの間一緒に旅をする、そして別れる――それだけです(だったと思います。なんせはるか昔に一度だけ見たアニメなので、詳細な内容は記憶の彼方……)。今風にカテゴライズすると異世界ファンタジーでしょうね。
でも、分かるのはそれだけ。セリフはないし、脈絡はないし、意味はわからないし、雰囲気は重苦しいし……。アニメに限らず、エンタメ創作物はなんでも、視聴者(読者)がなんらかのカタルシスなり、納得を得られるようつくりてが作り込むものだと思うのですが、『天使のたまご』はそれがない。謎だらけなうえに、それがほとんど回収されないという非常にフラストレーションの溜まる物語に仕上がっています。
――わけがわからん!
そんなアニメが30年以上にわたって私の印象に残るアニメベストワンに君臨し続けているということはどういうことなのでしょう? 動画を見た私が考え込んだのはこのことでした。
ひとつは感性の波長が合ったということなんでしょう。『天使のたまご』からは途方もない時間の流れや、どうしようもない無力感・不条理、さらには絶望的な終末感がとめどなく溢れ出てくるのですが、これほどのメッセージを一つのアニメから受け取ったことはありませんでした。世界の見えない側にある不安とともにあるなにかを目の前に展開して見せてくれたのが、私にとっての『天使のたまご』だったように思います。また、高校生という感受性の鋭い時期に体験したということも大きかった。大人となった私が見たとしても、ただ「ふうん」と鼻を鳴らし、すぐに忘れてしまっただろうと思います。
もうひとつはそのわからなさ。理解しようとがんばったけれど、ちょっと無理でした――というのはても魅力的に感じられるものです。少なくとも私はそうなのですが、みなさんはどうですか?
たとえば、ついにクリアすることのできなかったRPG……なんてのはとても魅力的で、私の記憶にいつまでも残っています。『ハイドライド2』とか『ロマンシア』(30年以上前のゲームです。すみません)なんて、手も足も出なかったがゆえに、私にとっては永遠の名作です。『天使のたまご』はゲームではありませんが、私が敵わなかったという意味では同じ。いつまでもこのアニメを魅力的に感じるのは、そのよくわからないところに理由があるのかもしれません。
小説も、純文学のなにやらわけのわからない作品が名作だとされていたりするじゃないですか。あれも同じなんじゃないかな。評価している人たちも、実はよく分かっていないんじゃないでしょうか? よく分からないところが、そうした文学の魅力なのかもしれません。
考えてみれば、人間の内面というものはとらえどころがなく、家族や恋人がなにを考えているか分からない――と悩んだり、苦しんだりすることはよくあるじゃないですか。人間とは本来お互いに分かり合えない存在。そんな人間を描こうとする小説(『天使のたまご』は押井守の内面を描こうとしたアニメ)は、書いた当人以外には分からない部分をいろいろと抱え込んでいるものなのが、当然なのかもしれません。そのよく分からない作品に勇気を出して手を突っ込んでなにかをすくい上げたとき、そのなにかがすくい上げた人(読者)の宝物になる――小説とはそういうものなんじゃないでしょうか。
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