3話「学園の真実」
学園の真実。それは、常人の理解を超えるものだった。
まず、学園には三つの集団がいる。本拠は学外にあるが、この学園も主要な紛争地である。
ともかく、その一つは政財界。文字通り政治家や富豪の集まりである。新村は、出身的にはここに属している。
二つ目は「異才同盟」。一分野または複数分野の天才が属している同盟である。新村は芸術系の才能を買われ、この同盟にも属している。
三つ目は「拡張閥」。三つの集まりの中で最も信じがたいものである。つまり分かりやすく言えば、超能力者たちの集団。智島のクラスメイトの中では、赤坂が属している。また、智島たちに鉄骨をぶつけようとした連中は、超能力者ではあるものの、この集団には属していない。
異才同盟や拡張閥は、少なくとも明治時代にはすでに存在していた。
「拡張閥は超能力を『拡張力』、その使い手を『拡張者』と呼ぶけど、普通に超能力と称しても、だいたい伝わる」
取りまとめ役の長井は、涼しげな眼差しを智島たちに向け、穏やかに語る。
北部文学党学園は、政財界、異才同盟、拡張閥の三者が、共存を図るために設立された学園である。
当初は三者一体となって外敵に立ち向かうという趣旨だったが、時代を経るにつれ、三者間の政争の舞台と化した。
初めのころ……明治時代においては、外国が日本にとってきわめて深刻な脅威だったため、三者が力を合わせて向かっていく必要があった。
しかし日本が外国に追いつくにつれ、余裕が生じ、逆に三者間で争うようになっていった。
最初はその政争は学外で行われたが、各勢力の子息や下部構成員たちにもその空気が伝染し、学内でも争うようになった。
なお、超能力の実在や学園の真実を知っているのは、学内では半数ぐらいであるようだ。生徒、教師などの立場を全部含めて、およそ半数と推測される。
この点、超能力などの存在を外部に暴露し、この政争を広く世間にゆだねるという方法が考えられるが、それはきっと無駄に終わる。
信じてもらえないのだ。
常識的に考えてほしい。超能力者が群れを成して暗躍している、などと主張したところで、誰も信じはしないだろう。超能力を目の当たりにすれば別だろうが、拡張閥がわざわざ拡張力を見せびらかすとは思えない。
先ほどから超能力、超能力と言っているが、超能力、当事者が言うところの拡張力は、決して万能ではない。
多くは使用制限など足かせが多く、ピーキーな力、使いどころをよく考えて運用すべき能力である。
また、精神に干渉したり、アクセスする拡張力はまだ確認されていない。ゆえに、拡張者に能力で洗脳されるおそれはない。少なくとも、現在は真剣に心配すべきことではない。
長井は続ける。
「さて、先ほどは『三つの集団』と言ったけど、実はもう一つ派閥がある」
それこそが「三勢力和解派」である。
終わりなき暗闘。先の見えない抗争。国を割りかねない陰謀の打ち合い。
三勢力による、この戦いを終結せしめようという動きがある。
明治時代と違い、外国の直接的な脅威があるわけではない。しかし、今の日本がなんの問題も抱えていない、理想郷であるかと言われれば、ほとんどの人が否と答えるだろう。
権力。異才。拡張力。この三つがわだかまりを捨て、力を合わせなければ、社会をよりよくしていくことはかなわない。
「三勢力和解派は、政財界、異才同盟、拡張閥、いずれにもある程度、根を張ることに成功した」
長井はコーヒーをすする。
「つまり、和解派は、権力や財力、異才の人間、拡張力のいずれもそこそこには有している。その力でさっきの鉄骨も取り除いたというわけだ」
「主に拡張力ですか」
「まあそうだけど、財力や才能も関与している。詳しく話すと長くなるから、また後で」
「なんか大きな話ですね」
「いや……意外と身近な話でもある」
長井はあごに手を当てた。
「そう、ですか」
「そうだよ。実は、さっきの鉄骨事件を仕組んだのは」
そこで言いよどむ。
「仕組んだのは?」
「姫崎さん、といえば分かるかな」
智島が一瞬絶句する。
「ひめ……ざき」
「そう。生徒会副会長であり、きみのクラスメイト。美貌の才女だ」
「それは……ほんとうですか」
「まあ間違いない。私たちの諜報役は、異才も密偵用の拡張力も持っているからね。ニセ情報をつかまされることはまずない」
「なぜ、あの人が」
長井はコーヒーに角砂糖を入れる。
「たぶん、きみを狙ったのでは、『ない』。メインターゲットは新村くんだ」
「新村くんを?」
智島はたずねる。
「ああ。新村くんは政財界サイドでありながら異才同盟。和解派の理想を、ある意味体現する人間だ。それなりに重要なポジションの男なんだよ」
「新村くんって、すごいんだな」
今更ながら、智島はその言葉を口にする。
「ハハ。まあ聞き流しとけ」
「で、一方、姫崎は完全に政財界サイド。和解を否定し、あくまでも拡張閥や異才同盟の屈服を目指すタイプだ」
長井はコーヒーを一気に飲み干す。
「ここで智島くんに提案がある」
「……なんです」
「きみも三勢力和解派に入らないか?」
かたり。コーヒーカップがソーサーに収まった。
とりあえず急な話であることは長井も分かっていたようで、智島は一日、考える時間を与えられた。
長井によれば、智島は「異才同盟」に入る資格がある。
「なぜですか」
「全国試験で一位を取っているし、この学園の真実にも、自力で半ば気づきかけていた。その『頭脳』が異才同盟にふさわしい」
「学力でも異才同盟に入れるのですか」
「うん。異才同盟の求める異才は、種類を問わない。とにかく何かにおいて群を抜いて秀でていれば、参加資格はある」
「……しかし、非和解派が妨害するのでは」
「非和解派も異才同盟の一員だから、異才の趣旨をないがしろにするようなことはしないよ。異才に最大限の敬意を持つ、そういう集団だからね」
「長井さんも、ひょっとして異才同盟ですか」
「うん。異才の種類はちょっと伏せさせてもらうけどね」
ともあれ、長井の言うには、智島は異才同盟に入れるらしい。
彼は考える。
姫崎は、新村を暗殺しようとした。智島の平穏な日常を、新村の殺害を通じて破壊しようとした。かけがえのない友人の存在を、抹消しようとした。
ならば、答えは一つだ。
姫崎に報復する。退学や刑罰は難しいのかもしれないが、当面の目標としては、姫崎を生徒会副会長の座から引きずり下ろす。失脚。
汚点というにはあまりにもささいかもしれない。しかし、政財界の大物の子女として、なんらかの手段で失脚させられたというのは、小さくとも確実な汚点になるはず。
いや、少なくとも校内では打撃になるだろう。また、姫崎の心にも痛みを与えられるはず。
智島が暗闘に参加する条件として、姫崎の失脚に協力することを提示する。和解派としても、姫崎への謀略は多かれ少なかれ追い風になるだろうから、きっと応えてくれるはず。
姫崎は智島の生活を間接的に侵害しようとした。貴重な友を亡き者にしようとした。その行いには、報いが与えられなければならない。
あの女に裁きの鉄槌を。
害されし者の怒りを。
大いなる報復の刃を。
和解派としての、和解がうんぬんは、報復が終わった後に考えればよい。
――僕は姫崎を引きずり下ろす。あいつに天罰を下す。正義の一撃を……いや、正義なんてどうでもいい。報復を。僕はあの女を叩きのめす。あの女のだらしない胸に、絶望の二文字を刻んでやる。
智島の意思は決定した。戦いは始まる。
暗殺失敗の報せを聞いた姫崎は、落胆した。
新村と、ついでに綾野を抹殺できなかった。
拡張閥とすら名乗れない、無頼の超能力者を使って作戦は遂行された。しかし、そこはやはり有象無象、和解派の拡張者や異才持ちに阻止され、返り討ちにされた。
たくらみがくじかれた。今回の行動は、ただ単に、愛しの智島を危険な目に遭わせただけだった。
罪滅ぼしのために、智島のために買ったプレイングターミナル・モバイルを、早いうちに手渡さないと、と姫崎は考えた。
彼女の認識では、智島に新村暗殺のたくらみは露見していないため、智島に謝罪する必要はないように思える。しかしそういう意味ではなく、智島を何か喜ばせて、帳消しにしないと気が済まなかった。
智島くん、ごめん。
彼女が心の中で謝ると、想像上の智島が頭をなでる。
――きみは仕方がない人だな。そんなに僕を独占したいのかい?
――うう、だって智島くんは、こんなに素敵なんだもの。私の鳥かごから、いつ飛び去ってしまうか分からないぐらいなんだもの。具体的には綾野とか。
――ハハ。可愛い副会長だな。おいで、たくさん可愛がってあげるよ。
――智島くん、そんな、胸板大きい……あふあぁ、んふぅ……。
姫崎はそのまま、幸せな妄想に浸る。
現実の智島が、報復を断行せんと、自分に対する害意に燃えているのを知らずに。
一方、智島は和解派の経営する喫茶店で、作戦会議をしていた。
智島、新村、長井、ついでに綾野。
「まずは姫崎を追い落とさないと」
智島は和解派に加わることに同意した。その代わり、当面は姫崎を副会長の座から追い落とすことに助力するよう、条件を付した。
その条件は快諾され、ここに戦いは始まった。
条件、といっても、和解派も暗殺未遂事件は重く見ているようで、彼らとしても姫崎を、というか姫崎の派閥の力を削ぐ方向で調整がされているという。
智島としても、最終的には姫崎の退学や逮捕に持っていきたいが、まず慌ててはことを仕損じる。着実に行かなければならない。
「姫崎を解任するルートは二つ……いや、裁量解任を含めると三つか」
一つは、糾問委員会に審査を要求すること。オトナの世界でいえば「裁判」、正確には「弾劾裁判」あたりに匹敵する。
この学園の学則によると、いくつかの解任事由があり、糾問委員会はその事由について、調査を進め、該当すると認めれば解任が成立する。
調査は職権で行われる。一度審査請求をすれば、請求者は基本、何もしなくともよい。手軽といえば手軽である。
「しかし、糾問委員会は難しいだろうな」
この委員会、戦後になってからは一度も審査請求を取り扱っていない。幸か不幸か、そのような請求は出されなかったのだ。
「事由の規定を見ても、難しそうですね」
規定によれば、今回の姫崎があてはまりそうなのは、四号「役員がその任期中、犯罪をしたことが明らかであること」である。しかしそのためには、姫崎が新村暗殺の共謀共同正犯であることが「明らか」であると認められなければならない。
もともと正規の刑事事件は、有罪判決を出すにはかなり強力な証明を要する。そこへもってわざわざ「明らかである」と学則の条文に書かれているということは、正規の刑事事件をさらに上回る証明力が求められるということだ。もはやガチガチに心証を固めないとならない。
「そんなことは不可能です。少なくとも本件では。政財界……の姫崎派と、飼われているゴロツキ超能力者あたりが火消しに走ります。ガッチガチに固めるどころか、正規の刑事事件、ひいては賠償請求の民事事件にすらならないでしょう」
「だろうね」
長井はうなずく。
「で、裁量的な罷免もまず無理です」
この学園の生徒会長は、生徒会のメンバーを理由なくいつでも罷免できる。もっとも、実際には本人や体裁のため、なんらかの理由を付さないと猛反発を浴びる。しかし少なくとも制度上は自由に罷免できる。
だが……。
「会長が姫崎を罷免する理由が見当たりません」
会長目線では、姫崎はただの優秀な部下である。同時に政財界サイドの同志でもある。仮に暗殺の件をちょっとつついたとしても、そう簡単には切り離さないだろう。
嫌疑が高度に固まればありうるかもしれないが、そうなったら糾問委員会に審査請求すれば済む。
すると、残った方法。
「副会長の解任を全校生徒に発議し、生徒投票を行う……ということですね」
いわゆるリコール。
発議申立てのために、全校生徒から署名を集め、全員の投票によって解任の是非を争う。
署名として必要なのは全校生徒の十五分の一。投票では有効投票の過半数の賛成をもってリコールが有効となる。もっとも投票前の署名については、問題ない。和解派を総動員すれば、余裕で集まる数だ。
なお、定足数は全校生徒の三分の二である。もし投票場に定足数の生徒が集まらない場合、後日改めて投票を行うことになる。
まあ、全校生徒の三分の一を足止めされるおそれは、さすがにないだろう。そんなことをすれば、かえってリコールの機運が高まる。
「まさに民主主義って感じですね」
のんきに綾野が言う。
「多数決原理だね。だけど」
「だけど?」
「この場合でも、姫崎失脚を群集に納得させる理由は必要だよ」
「それをどうやって探るかですね」
智島は言うが、そこで新村が助言する。
「智島が姫崎に近づけばいいんじゃないか」
「えっ」
「だって姫崎、智島のことが好きだろ。やっぱり気づいていなかったのか。見ていれば分かるもんだけどな。一部で噂になっているぞ」
突然の暴露。しかし智島は表情を変えない。
「たとえ僕を好きでも、僕は報復の牙を捨てない」
「その意気だ。だが姫崎に近づきやすいことには違いない。面従腹背を実践して、姫崎から失脚のネタを得ればいい」
「なるほど。正論だな」
盛り上がる二人を前に、綾野が少し表情を曇らせる。
「それは、ちょっと黒すぎない?」
「法にも学則にも反していないけど」
「いや、その」
綾野は口ごもりつつ進める。
「姫崎さんがあまりにかわいそうというか」
「綾野さん」
智島が真剣な表情で語る。
「相手は殺人未遂の犯人だ。しかもそんな事件を起こしておいて、のうのうと副会長の座をキープする鬼畜だ」
「むむ」
「そんなクズには、たとえ薄汚い方法でも、それしかないのなら、それを使って刃を突き立てる必要がある。それに」
彼は険しい表情で続ける。
「それで姫崎が傷つくなら、それも報復の一部だ」
彼は姫崎の恋心を全く意に介していなかった。
ただ報いを。邪悪な非道に、しかるべき制裁を。そのためには己が畜生となることも顧みない。
目的は手段を正当化する。
「僕は必ずリコールを成功させます。頑張ります」
智島はこぶしを握った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます