2話「運命は動き出す」
翌日、智島は登校の途中、クラスメイトの赤坂を見た。
「くっ……」
彼女は腹を押さえている。
「赤坂さん、どうした?」
見たところ、出血はしていない。
智島が声をかけると、彼女は振り向き、にわかに目を見開いた。
「……智島くんっ、見ていたの?」
「何を?」
「……いや、なんでもない」
きっと女子にとって、腹痛でもだえているのを見られるのは恥ずかしいのだろう、と智島は推し量った。
「それより、大丈夫?」
「ああ、うん、まあ大丈夫だと思う。来るからね」
「何が?」
「いや、とにかく大丈夫。早く学校に行かないと遅刻だよ」
智島はスマホの時計を見た。確かに、あまりもたもたはしていられない。
「分かった。じゃ」
彼は、彼女があまり深入りされたくないのだろうと考え、足早に学校へ向かった。
二十分後、彼は玄関に入った。
スマホの時計を見る。危うく遅刻するところだった。
「ふう……」
彼は一息つき、なんとなく後ろを――校門のほうを振り返る。
「……うん?」
人影が見えた。ちょうど赤坂によく似ていた……ような気がした。
「ううん……?」
先ほどの様子からして、あの後すぐに智島の後を追ったとは考えがたい。なぜすぐ彼の後ろに彼女がいるのか。
テレポート……?
いや、きっと疲れているんだな。人影は気のせいなんじゃないかな。
智島は靴を履き替えた。
一方、赤坂は肝を冷やした。
もう少しで見つかるところだった。
赤坂は、別に智島を尾行していたわけではない。見つかって困るというのは、そういう問題ではない。
だが、一般人をこの戦いに巻き込むべきではない。
この戦いは、拡張閥、政財界、異才同盟の中だけで行われなければならない。上司からもそう言われたし、この戦いを知る赤坂自身もそう思う。
戦いを終わらせるための戦い。それは、各陣営の所属者だけによってなされなければならない。一般人、つまり「外の人間」を巻き込むのは、厳に慎むべきだろう。
もっとも、あの場で智島に見つかったところで、ごまかす方法はいくらでもある。まさか「テレポートの拡張力を行使した」と智島がすぐに結論付けることはないだろう。ただ、そうだとしても見つかるのはよくない。非常によくない。
気をつけなければ。
赤坂は気を引き締めた。
昼休み、教室にていつものメンツで昼食を食べていると、智島は唐突につぶやいた。
「やっぱり何かおかしい」
「おお、どうした」
新村が苦笑する。
「どうにも、この学園に入学してから、違和感が続いてる。今日だって……」
智島は、この場に赤坂がいないことを確認してから、赤坂の一件を話した。
「今日のもそうだけど、こういうレベルのちょっとした『おかしなこと』がちょくちょくあるんだよ」
「例えば?」
「例えば……というとちょっとすぐには出ないけど……」
そこで綾野が口をはさむ。
「具体的なことでなくてもいいから、どういうふうに感じているのか聞かせてよ。いつもそんなことを言っているから、私も気になる」
「そうだね……ううん……」
智島はゆっくりと言葉をつむぐ。
「なんか、三つの派閥があるような気がする。……いや、四つかな」
「ほう」
「どれも仲が悪い感じだ。嫌っているというか、対立しているのかな。で、その派閥に所属していない生徒も、全体の半分ぐらいいる」
「つまり、一つの派閥は生徒全体の八分の一ってわけか」
「うん、だいたいそんな感じ」
「少ないね」
「その代わり、派閥の一つ一つが、クラスとか学年、部活を飛び越えて親密になっている様子が見える」
智島は自分の言葉を吟味するように続ける。
「だけど、そういう派閥ができている理由が分からない。彼らがどうしてそういうつながり方をしているのか、全く見当がつかない」
「部活も学年も飛び越えているとすれば、まあ分かんないよね」
綾野がうなずくが、新村が返す。
「気持ちは分かるが、気にしすぎだ、智島」
「むむ」
「そういう細かいことは気にしないで、まずは高校生活を充実させようぜ。今日はパーッと駅前でカラオケでもしようぜ!」
「……そうだね……そうだね、パーッと遊ぼう!」
智島は深くうなずいた。
事件はカラオケ店へ行く途中に起きた。
人の気配のない道を歩きながら、智島は景色を見る。
「この辺、再開発って聞いたけど、本当にそうだね」
見やれば、あちらこちらで建造中の建物。シートがかかっていたり、鉄骨がむき出しになっていたり。
「なんでも、でかいマンションとかがいくつもできるらしいぞ」
「需要はあるのかな」
「あるんだろ、たぶん。施主が無謀でないことを願うよ」
余計なお世話である。
「しかし、なんか無機物無機物しているね」
「なんだそれ」
「だって、鉄骨と灰色のシートとコンクリートだらけじゃないか。なんというか口の中が鉄の味になるよ」
「それ、口内出血の表現だぞ」
新村の返しに、綾野が笑う。
「ハハ、面白い言い方だよね」
「ううん、でも実際、なんかそういう感じがしないか」
「そうかあ?」
そのとき。
建物の上から、不意に大きな鉄骨が落ちてきた。
「――あっ!」
影がだんだんと大きくなる。一秒が何百秒にも感じる。集中力によって、世界がその動きを緩慢にする。
ぶつかる!
――しかし、ぶつからなかった。
命中する寸前に、鉄骨がどこかへ消えた。
「……え?」
呆然とする智島。
「……これは……!」
新村だけが、何かを悟ったようにつぶやく。
「とうとうこんな手に……!」
「新村?」
智島が尋ねる。綾野も首をかしげている。
と、不意に新村のスマホが着信音を発した。
「……はい」
電話に出る彼を、智島と綾野は見る。
「はい、はい……分かりました、今すぐ向かいます」
電話を切ると、智島は口を開く。
「どうしたんだ」
「智島、それに綾野。今から会わせたい人がいる」
「会わせたい人?」
「ああ。ちょっと長話になる。カラオケより大事な話だ」
「どういうこと?」
綾野が聞く。一方智島は、漠然と気づいた。
「鉄骨が落ちてきたことと関係があるのか」
「ああ」
「そしてその話は、僕が学園に感じた違和感とつながっているんだろう」
「その通り。これから取りまとめ役の一人が、全て説明する。行こう」
新村はうなずき、「あっちのほうだ」と案内を始めた。
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