その事件の1人目の被害者は、悪役令嬢である

宮崎

プロローグ

00:前世の私

 それは三連休一日目のこと。

 私は遊びに来た従姉と互いに好きなことをしながら、だらだら自室で過ごしていた。

 私の手元にあるのは読みかけの推理小説。従姉はファッション雑誌をぱらぱらめくっていて、いつも通りのゆるい空気だった。

 いや、従姉はいつもと違いちょっとそわそわしていた。


「ねえねえ、あのね、実はね」

「うん? どうかした?」

「次の本で、そろそろシリーズ全体のクライマックスを迎える予定なんだ……」

「え、急に何?」

「私の書いてる本だよ! きらめきシリーズのこと!」

「ああ、なるほど。おめでとー、お疲れ様です」

「いやいや、お疲れ様には少し早いから。クライマックスはこれからだから」


 小説家をやってる従姉が鞄から本を一冊取り出す。

 その気配を感じながら、私は手元の本に意識を向けたままだ。

 なんたって、本の中の物語もクライマックスに差し掛かっている。


「これが今回の新刊です! 絶対読んでほしい!」

「おお……! 毎回ネタ切れしなくてすごいよね。ミステリーのトリックなんて、私には考えるの無理だよ」

「トリック? 私の本って、大したトリックは出てこないんだけど……読んでくれてる?」

「うんうん、読んでる……。というか話しかけるの少し待って。今この本、いいとこなの。読み終わってから話しかけて!」


 小説内では、探偵が食堂に事件関係者を集めて名推理を披露しようというところ。正真正銘、王道のクライマックスだ。


「その本、たしかに名作で面白いよね、知ってる。でもね、今はちょっと私の話を聞いてください。今回の『きらめき三人組』シリーズ新刊、次のクライマックス巻に繋がるプロローグって感じでね。すっごい謎とか出てくるの」

「へえ」

「もうちょっと興味示して……」


 従姉の書く、あまり売れてない推理小説シリーズ。

 ざっくり言うと、幼馴染の大学生三人組が、ひょんなことから殺人事件に巻き込まれ、毎回義理と人情の(?)力技で犯人を更生させて解決! というものだ。


 推理小説というより、探偵小説とか冒険小説とかいうほうがいいのかな。ラブコメ? サスペンス? とにかく三人組のコミカルなやりとりをほのぼの見守る話だ。

 間違っても、本格ミステリとか新本格とか言われるものの横に置いてはいけないやつ。


 内容については、超名作とはさすがに言えないけれど私は好き。


 殺人事件と結構頻繁に遭遇するのにメインの大学生達の精神が全然やられなくて、毎回お花畑な説教かますのとか。

 最後は大体、犯人が号泣して改心するのとか。

 ときどき、なぜか唐突に崖の上で犯人と対決するところとか。


 疲れたときに読むと、ちょうどよく非現実世界に逃避させてくれる。

 作者の従姉の前じゃついそっけない反応をしてしまうけど、出た本はだいたい読んではいる。

 全部、じゃないのは冊数が多いからだ。売れてないと言う割にシリーズはいっぱい出ていて、追いつくのが大変なのだ。

 ちなみに事件ごとの読み切り型だから、どこから読んでもあまり問題はない。


 うちの両親や妹も気に入っていて、ドラマ化してほしいなあとかいって、この間の夕食のとき盛り上がった。


 私と妹は、現実にはドラマ化は無理だろうけどね、という意見。でも両親は「二十年後の三人組にすればいけるかもよ!」と主張していた。


『二十年後はね、主人公の女の子は科捜研に入ってて、友達その1の女の子は凄腕の女医師で、友達その2の男の子は優秀だけど扱いづらくて窓際に追いやられてる刑事、とかどうかしら!』


 とは母談。

 ……けど一人、サスペンスじゃなくない?


『ただ、「きらめき三人組」ってシリーズ名はちょっと……古いかもな』


 とは父。この言葉には私も妹も大きく頷いた。

 もうちょっと今風でかっこつけたシリーズ名なら、売れゆきも変わったかもしれないのに。もし万が一ドラマ化になった際には、スタイリッシュな感じに変更してみてほしい。


 まあ、そんな感じで定期的に話題にして盛り上がる程度に、家族ぐるみで読んでいる。


 そんなことをふと思い返した私の横で、従姉は新刊片手に語り続けた。


「主人公達三人組の協力者が重要人物なのよね。ほら、初期からちょいちょい出てくる脇キャラがいるでしょ?」

「えーと」

「主人公の従姉の腹違いの弟と、主人公の従姉の婚約者だよ!」

「サイコパスっぽいのと……サイコパスっぽいやつね」


 つまり、どっちもサイコパス。

 何気なく言った言葉に従姉の声のトーンが下がった。


「え? なんでわかるの?」


 声の落差にびっくりして、私は読みかけの本から顔を上げた。

 彼女も驚きの表情でこちらを見ている。


「あの二人って、めちゃくちゃ性格いいキャラでしょ? 事件解決のために、主人公にいろいろ協力してくれるじゃない。なのにサイコパスそんな評価なの? なんで?」

「なんでって……」


 たしかに、二人はいい人キャラだと思う。

 主人公従姉の異母弟のほうはその頭脳と社交性を駆使して欲しい情報を持ってきてくれるし、婚約者のほうも超金持ちな実家の力でいろんな便宜を図ってくれるし。

 でも――。


「亡くなった主人公の従姉のこと、どうでもよさげだから……かな?」


 二人が主人公達の協力者になったきっかけは、主人公の従姉――つまり彼らにとって異母姉もしくは婚約者――が、殺人事件の被害者になったことだ。

 彼女のような被害者を出さないために協力したい、なんて言ってはいるんだけど、私はどうも嘘くさいと感じてしまっていた。


「へー、そっか、どうでもよさげに感じてたんだ。へへ、なるほど」


 やたら感心して頷かれてしまった。

 私の指摘は、なかなかいいセンをいってるようだ。

 そうなると私も単純だけど調子に乗って、もう少し予想を語ってみる。


「もしかして、これまでいい人キャラだったのは演技だった感じ? 何か企んでて、そのせいで主人公達がピンチに陥ったりとかしたりして」


 シリーズクライマックスっていうのは、そこが焦点になってくるのかな。


「ふふふ。そのあたりのヒントがね、今回の新刊に書かれてるよ! だからほら読んで!」

「うん、期待しとく。でも読むのはあとで」


 さて、そろそろ私は読みかけだった本に戻ろう――。


「一つだけ教えてあげるね。その二人はね、亡くなった従姉キャラのことを自分が殺したいって思ってた」

「えええ!? ちょっと待ってよ! すごいネタバレなんだけど!」


 殺人事件の被害者になった主人公の従姉のことを、本当は自分が殺したいと思っていた!?

 自分の異母姉だったり、婚約者だったりした相手のことを!?


 じろりと従姉を睨むと、「あ、ごめん」と悪びれもなく言われる。この従姉は自分の小説のこと、ときどきこうしてさらりとネタバレしてくるんだよね……。


「でも殺してないよ?」

「そりゃそうだよ」

「今はね」

「……適当なこと言ってからかってない?」

「どうでしょう。気になってきたよね。だからほら、この新刊を早く読んで! そして感想をください。お願いします! 次のクライマックス巻の参考にしたいの!」

「うーん。でもダメ。今はこっちの本を読むのが優先! 新刊はこの本のあと!」


 そしてごめん、明日は予定が入っているから、新刊は三連休最後の日に読むことになると思う。

 心の中でそう付け足す。


 さて、私は読みかけの本に戻ろう――。


「それでね、これから出すキャラで相談があるんだけど」

「ちょっとぉ……」


 従姉はなかなか読書を再開させてくれない。

 ここまでしつこいということは、おそらく相当に悩んでいる……というより不安があるのだ。気付きにくいけど。


 これまでも彼女のシリーズについての相談に乗ったことはある。正確には、従姉のなかにすでにある構想を整理するために、私は話を聞くだけって感じだけど。

 それでもすごく助かるって毎回感謝される。


「ああ、もう……」


 読書再開はもう少し先のことになるな。

 仕方ないか。気に入りのシリーズ新刊のためにも、私は彼女の話を聞くのだ。


「で、何?」

「あのね――」


 そんなこんなで、結局、読みかけの本を再開できたのは従姉が帰ってからだった。

 登場人物についての相談にも乗ってしまったし、三連休の最終日には、今回の新刊を必ず読もう。

 従姉がくれた本の帯には、推理シーンからの抜粋なのか「裏で事件を操ってた黒幕、ってことになるよね」なんていう主人公の言葉がばーんと載っている。これはあれか、今回は警察が逮捕した犯人とは別に真犯人がいて、主人公達がその真実を暴く系かな?


 わざわざ新刊を届けてくれたのは嬉しいけど、ちゃんと本屋でも買うよ。少しでも売り上げに貢献したいから。

 と思ったら、妹から新作あったから買ったよ、と連絡がきていた。


 楽しみだな……。



 ――でも、その新刊を私が読むことはなかった。

 自分の最期がどういうものか覚えてないけど、このすぐ後におそらく私の人生は終わったのだと思う。

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