第526話 潜り込ませるは太陽を釣る餌



 アイアオネ勢が現着しての最初の一撃は、魔物の群れを東から南西へとぶち抜いたシャルーアの銃による射撃だった。

(※「第464話 お嬢様は谷間にぶっとい切り札を挟む」あたり参照)


「……―――ふう、上手くいきました。ゾックスームさん達のおかげです」

 いつかのスァーヴァナハリ蛇蜂の群れを貫いた彼女のエネルギー照射攻撃と比べ、幅はやや狭まっての直径15m級。しかし集束させた分、威力が上がって距離も長くなっていたので魔物の群れに相当なダメージを与えた。

 射線上にいた魔物のうち6割ほどは死に絶え、まだ生き乗っているモノですら満足に身動きできないでいるほどだ。



 この戦場にいる魔物の群れは全部でおよそ5000前後。その内、彼女の射撃で薙ぎ払われたのはおよそ2割程度でしかないが実数でいえば魔物1000体にも及ぶ。

 なので完全に倒されたモノは600体―――それが初撃の1発でだ、戦果としては十分すぎる。


「一度見てはいるとはいえ、すさまじいですな」

 ハヌラトムが軽く呆れ気味に一言もらす。頼もしい反面、戦闘者として負けていられないという一種のハードルアップも感じられ、内心では緊張が増してきた。


「さすがシャルーア様ですわ。ですが連続しては撃てないのでしょう?」

 比較的平静なルイファーンがそう問いかける。

 彼女は、魔術などでは広範囲に威力をおよぼすようなモノも存在する話をかつて小さい頃に聞いた事があったので、シャルーアが行った攻撃は単純にその親戚のようなモノ、という認識の範囲内ゆえに他の者ほどの驚きはない。

 むしろ敵をたくさん倒した攻撃に称賛する気持ちが、明るい表情に見て取れた。


「はい、残念ながら……。昨夜のゾックスームさん達のご協力のおかげで撃てはしましたが、たくさんのエネルギーを使ってしまいますので―――~……っ、今も少し、立ち眩みが」

「だ、大丈夫ですか、シャルーア様!」

 足元がフラついて、しかし半歩で踏みとどまったシャルーアの身体をマンハタが慌てて後ろから支える。戦闘態勢を解いて足元の砂上に自分の得物たる剣を突き立て、両手で少女の両肩を支える濃い黒褐色の従順なる男の表情は、真に心配する者のソレだった。



「心配をかけて申し訳ありません。ですが大丈夫です、もう今の攻撃はしばらくはできませんが……それに―――」

 ふと、シャルーアが明後日の方向を見る。そこには魔物もいなければ他の味方の人間がいるでもなく空しかない。つられてマンハタやルイファーン、ハヌラトムらに他のアイアオネ勢の男たちも同じ方向を見るが、何もなかった。


「(この感じ……はい、温存しておかないといけないと私も思います、アムちゃん様)」

 それは、いつかの時に見た血だまりに抱いた感覚と同じだった。

 (※「第97話 血の存在感」あたり参照)


 シャルーアはまだ自分の中にだけとどめ、言うことはしないが、完全にその存在を知覚していた―――すぐ近くに “ キジン ” がいる、と。





――――――アイアオネ勢の位置から魔物を挟んでの北西。


 ここにはレックスーラをはじめとした壊滅した町や村の生き残り、およそ50人が展開していた。


「な、なんだったんだ、今のあの光は??」

 彼らのまとめ役のモクスンは、何が起こったのかと肝を冷やしながら発光のあった場所を注視する。

 地形的に周囲より2mほど盛り上がった砂丘の上なので、魔物の群れ越しに少しだけ見えた光に、彼らは恐々としていた。


「まさか、ヨゥイの攻撃??」

「あっちは事前の取り決めでは確か、アイアオネから来た連中がいるんだよな?」

「まさか……今のでやられちまったんじゃあ……」

「し、しかし、光はアイアオネ勢のいるあたりから放たれたようにも見えたぞ??」


 状況が分からず全員が気が気でないと言わんばかり。

 幸いにも彼らの役目は、各地から集った友軍同士の中間に位置して魔物を漏らさない壁役の1つだ。積極的に攻める必要はなく、期待される働きは牽制と押し返しなので、敵が来ない限りは他に比べて比較的余裕がある。

 なのでずっとアイアオネ勢のいる方角を、50人全員がしばらく注視し続けていた。


「よく分からないが、とりあえずこっちはこっちでやれることに集中しよう。不安になるのはわかるが、まだ味方がやられたと決まったわけでもないぞ」

 モクスンは皆の気持ちを引き締めなおすべく、自分の後ろにいる他の49人の方に向き直りながらそう言葉をかける。

 しかし彼が完全に後ろに振り向いた時、視界はソレ・・を捉えた。


「! おい、そこの! 誰だお前は!?」

 モクスンがそう叫んだことで、全員が後ろを振り向く。

 しかしその時にはソレは見えなくなっていた。

 モクスンも、振り返った仲間の頭が一瞬だけ視線をさえぎってしまい、ソレを見失ってしまう。


「ど、どうしたんだ? 何かいたのかモクスン??」

「ああ、今一瞬、一番後ろに暗い焦げ茶色・・・・・・の……ローブかマントかわからないが頭から被ったようなヤツがいたんだ、確かに」

 皆がどよめく。

 しかし、モクスンから仲間たちがたむろしているその最後尾まではおよそ15mほど。しかも間に彼らを挟んでいることもあって、見えたのが人なのかそうでないのかの区別はつかないが、一部とはいえ見えた “ 暗い焦げ茶色 ” は明らかにローブやマントなどの生地めいていて、かつわずかに動いていた。


「………」

 ソレがいたと思われるところにモクスンが移動し、しゃがむ。

 砂丘なのでその地面は砂だ、何者かがいたならば足跡なり痕跡がハッキリと残る。だが―――


「―――何もない……バカな?」

 足跡どころかマントやローブのすそが砂の上をった跡すらない。

 当然ながら仲間たちは見間違えだの、蜃気楼でも見たんじゃないか等々言われ、納得はできないながらも、それこそ不確定なことを四の五の言っていられる場ではない。


「おい、モクスン! ヨゥイが数匹こっちへくるぞ!!」

 加えて役目を担うお時間だ。モクスンは非常に不可解な気分ながらも切り替え、魔物の方へと向き直った。



  ・

  ・

  ・


『(―――バラギ様。無事、入れ替わりに成功しました。人間達は引っかかりこそしているようですが問題ありません。これより潜伏ならびに情報収集に努めます)』

 モクスン達50人の中に入り込んだ1人がそう念話で報告してくる。

 それを崖山の頂上に戻ったバラギは、満足気に頷いた。その両手で入れ替えた人間を捕らえられている。


「う~、う、うう!!!」

「悪いな。貴様は貧乏くじを引いた。安全な最後尾にいたことが貴様の運の尽きだったというわけだ、死ね」

 ドシュッ!!


 男は、バラギの1撃であっけなく死亡する。その死骸をその場に置くと、再び岩山のいただきより下の戦場を伺いはじめた。


「半生命を潜り込ませることには成功した。しかし、万が一にもこの場に “ 御守り ” の力がどこかにあるとするならばそう長くは持つまい、さて―――」

 バラギが潜り込ませた手下の半生命に期待することは情報収集だけではない。あの忌まわしき波動を再び生じさせることを期待してのエサ役としてもだ。

 バラギ自身はあくまで上から全体を眺め、その波動の発生源を探る。


 ここからは一切合切いっさいがっさいを見過ごすことなく監視するべく、彼はその戦場に強く視線をそそぎ始めた。



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