第525話 前払いと徴収はささやきの夜と共に




―――アイアオネ勢が目標地に到着する前日の夜。


 野営で一晩を明かした際に、シャルーアはある者達・・・・と自分一人だけで対談していた。



「……本当に我々は戦いに参加せずとも良い、と?」

 そのテントはシャルーアの部屋も同然。そこに不用心にも彼女だけが出迎えたこともそうだが、シャルーアの言葉を彼らは怪訝な気持ちで聞き返す。


「はい、あなた方は本来、シャイト様御付きの方々と聞き及んでおります、ゾックスームさん」

 シャルーアに呼ばれた男たちは全員、ヴァヴロナよりシャイトの護衛として付いてきた者達だ。

 しかし彼らは普段、パルミュラ家に仕える者でもなければ国家の兵士でもない―――金で雇われた私兵の類だ。そんな彼らの代表がゾックスームなわけなのだが……


「(どういう事だ? 確かに本来の仕事にはない、今回のような指示には不満タラタラだったのは事実だが……)」

 雇用主であるシャイトからアイアオネ勢に加わり、魔物との戦いに参戦せよと言われはしたものの、ゾックスームらからすればその命令は契約違反だ。彼らは契約によって、事前の契約内容に従い、仕事を行って報酬をいただく者であって、あくまでシャイトの忠実な部下ではない。


 それでもこうして大人しくアイアオネ勢に加わったのは、さらなる大金を約束されたからだ。とはいえ、それでも何の文句もなく受け入れたわけではない。魔物の、それも一部とはいえスタンピードの群れを相手に戦いに行かせられるなど当然、ゾックスームの手下たちは強い不平不満を抱いた。


――――――命がけとなる戦力として働く者には、キチンとした契約履行が重んじられる。


 その辺り、シャイトはまだまだ世間知らずな青いお坊ちゃんだったと言われても仕方がないことだろう。


「……ですがねお嬢さん。俺たちとしちゃあ、金をもらって働いてるわけでして、その雇い主から指示された以上、何もしないで帰るってわけにもいかないんですよ」

 ゾックスームは探りを入れることにした。

 正直なところ寡少かしょうとはいえ今回、このアイアオネ勢を率いるリーダーが、10代半ばの非力そうなこのお嬢さまだっていう点に、あまり納得がいっていなかったというのもある。

 いい機会だと思い、彼はシャルーアが何故に寄せ集めとはいえ集団の長にされたのか、その素質や理由を丸裸にしようと考えた。


 ―――見た目は確かに、良い美貌だ。この歳にして男を魅了する色があるといえよう。当然、ゾックスームたちから見ても大変に好ましい異性だ。


 しかし、だからといって色ボケする男は彼らの中にはいない。


 私兵という、命に危険を抱えることもある仕事を選んでいる彼らは、キチンと公私を使い分けらる分別があった。

 たしかに傭兵に比べれば、私兵は仕事への情熱や覚悟のない者は多い。大金をもらったとて、命がけで依頼人に応える者はいないだろう。


 それでもゾックスームたちは違う。やるからにはやれるだけはやる。安易に投げ出す真似はしないだけのプライドは持っていた。


 なので、このシャルーアという美少女がどれだけ命の危険を預けられる相手であるかどうかを確かめようとするのは、彼らには当然の判断だった。

 その程度次第で仕事への姿勢を変えるために……




「もちろん何もせずに、というわけではありません。あなた方には別で、お願いしたい事があるのです」

 そう言って、シャルーアは椅子から立ち上がる。

 ゾックスーム達の視線が己に集中するのを感じながら、己の全身を彼らに見えるよう簡易テーブルと寝床の間へと移動したかと思うと……


 スル……カチン、パチリ―――パサ


 まばたきする間に、自分の衣服を脱ぎおとし、全裸となった。


「「「な―――」」」

 ゾックスーム達は一様に呆気にとられる。しかしその視線は全裸のシャルーアから離すことができない。


 ……北方の白人系種の生まれやルーツを持つ者が多いゾックスーム達は全員が色白い肌だ。このランタン1つしか光源のない、極めて薄暗い中にあっても肌色が見えるほどに。


 一方で褐色肌のシャルーアは、この薄暗い中でその肢体の全部はよく見えないはずだった。

 ところが最低限のランタンの明かりが照らし出す彼女の身体は強烈な魅力を放っていて、よく見えないはずなのにゾックスーム達全員が彼女のつま先から頭の付け根まで、完璧に見えていた。


「今宵、皆様にお相手のほど・・・・・・・よろしくお願い致したく……それがまず1つ目のお願い事です」

 そう言うとシャルーアは、目の前のゾックスームの手を取る。

 身を寄せ、その股に手を添えて―――あれよあれよという間にゾックスームは、全身で絡みつかれるように引かれ、共に寝床へと堕ちた。





――――――翌朝。


「……なぁ、ゾックスームさん。俺たち、本当によかったんですかね」

 シャルーア率いるアイアオネ勢を見送って手を振る彼らの一人が、ポツリとつぶやいた。

 ゾックスーム以下30人の男たちは昨夜、この場に留まって野営を維持することをシャルーアにお願いされた―――深く結びついたまま、耳元にささやかれるようにして一人一人丁寧に。


「いいんだよ、これで。彼女も言ってたろ? 後ろに誰かがいたほうがいいって」

 シャルーア自身は、アイアオネ勢の他の者達の精神的な安定のためにという思いから、彼らを自分達の後方に配置することを考えたのだが、実は戦略的にも正しい考えであることを彼女は知らない。


 後方から他の脅威が襲い掛かってこないとは言い切れない中での戦闘では、味方の後ろを守る者は重要だ。

 加えて本隊が後退したとき、無傷の戦力が保持されていれば取れる手立ても増える。



「いや、その……それもだけどさ。その、彼女とゴニョゴニョしたって方もさぁ」

「なんだ、女の一人抱いたところで今さら気恥ずかしい歳でもないだろ? ……まぁ言わんとしたいことはわかるがな」

 正直、ゾックスームもその1つ目のお願い男女の交わりに関してはよく分からなかった。

 枕元でシャルーアは “ 補給が必要だと思われますので、ご協力いただけますか ” という一言のみで、その真意はまるでよく分からない。


 ただ、ゾックスームには彼女の2つ目のお願い、後詰を置くにあたって自分達を選んだ理由は今朝に理解できた。


「どのみち無理をおして付いていく事はできんだろ。俺たち全員・・疲労困憊なんだからな」

 そう。一夜あけた朝、ゾックスーム達はその精神面こそ晴れ晴れとして爽やで穏やかな気分に満ち溢れていたが、体力は完全に底をついていた。

 今までシャルーアと肌を重ねた者は、翌朝には活力面でも満ちたものになっていることが多かった。それからすれば今回のゾックスームらの症状は少し異なる。




 ともあれシャルーアは、彼らがこの辺りのために命を賭ける義理のない者である事と、自分と肌をかさねると翌朝には戦闘に従事できる状態にないであろうことを見越したうえで、後詰として選んだのだとゾックスームは把握し、彼女のお願いごとを承諾した。


「―――ま、とんでもない追加報酬を頂いちまったんだ。全員、体力が回復次第、ここをしっかりと固めるぞ。お姫さんシャルーア達が無事、帰ってくるのを待つくらいはしないとな」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る