世は戦道危行
第521話 鬼の計画も一歩進めば二歩下がる
「……」
バラギは正直なところ困っていた。
アイアオネで下っ端が倒されたまでは良い。なので現地を見に行くつもりでいたのだが、別の問題が発生してしまい、身動きの取りづらい状況になっていた。
というのも―――
「(暴れ狂う魔物どもがこうもまとまらぬモノとはな、計算が狂ったと認めざるを得ないか)」
スタンピードがかなり広域に影響を及ぼし
当初こそ、国家間の摩擦を起こさせる目的であったが、大事へと発展するのはバラギ達にとっても時期尚早。
ファルマズィ=ヴァ=ハール王国の戦力を考えればスタンピードの魔物たちは程よく暴れ、被害を出し、時間をかけてやがて収束してゆく見込みだった。
ところがかなりの時間が経過して、王国軍は頑張って押しとどめはできているものの、ジリジリと被害は拡大し、魔物の群れも王国北部の広範囲へと活動域を広げつつある。
「(ジューバの町の近くまで食い込んでくるほどとはな……有象無象とはいえ、いささか魔物を侮っていたかもしれん)」
そしてバラギは同時に、ファルマズィ王国に呆れも感じた。
まさかここまでとは思ってもいなかった。当初の見込みが外れた最大の原因、それはファルマズィ王国のみならず、現在の人間の軍が想像以上に
「(平和ボケ、というにも
そう思考すると不意に、まるで咎めるように浮かび上がる記憶。彼はローブを深くかぶり直しながら左右に頭を振るった。
「―――いや、個人においてはその限りではないな。甘くみる事は油断のあらわれか」
全力は出せず、本気ではなかったとはいえ、傷を負わされた。人間の中にもそれなりとてできる者は確かにいる。
(※第四章あたり参照)
バラギは思考を切ると、遠く地平線の彼方を見た。
近づいているとはいえ、まだ影も形も見えぬ距離の先に確かに感じるのは、大量の魔物たちの気配だ。
ジューバから南に10km前後の砂漠。その一番小高い砂丘の上で、南方を睨む。
「(北側へと範囲を上げてきた理由は、南側から王国軍が突き上げるように阻んでいるからか……)」
魔物達は生き物だ。敵わない相手がいるなら、全部ではなくとも一部はより安全な方へと進行の向きを変える。
スタンピードに対する王国軍の主戦力は今、南方から当たって北に向けての攻勢を強めているのだろう。そこから逃げるように北へと移動する魔物につられて、スタンピードが北にも広がり、結果としてこのジューバ近くにまで迫りつつある。
バラギにとって、それの何がマズイかといえば、旧ジューバの村跡がスタンピードに巻き込まれてしまう事だ。
「(人間の町などどうでもいいが……せっかくこの辺りの拠点となりうる場を得られようという所までこぎつけたのだ、それを
ヤーロッソを使い、確保・整備させている旧ジューバ村跡の秘密の拠点。金も時間も使っている以上は無駄にするのは惜しい。
特にこのファルマズィ北方は、王国の “ お守り ” を排除してバラギ達が動きやすい状態になっているのだ。
時折感じる “ お守り ” のあの不快な波動のこともある。今の内にこの拠点は確かなモノにし、自分達の活動域の地盤を固めておきたい―――バラギはつくづく、物事はなかなk上手く運びはしないものだと苦笑した。
「まさか己が手配した策に己が手を焼かされるハメになるとは、クックッ……まったく」
不快。
なれど致し方ないとも思う。
そんなにすべてが計画通り、思惑通りに行っているのであれば、今頃はとっくにこの世界から人間の国は消え去っている。
何百年という長い長い時間をかけてもなお、こうして慎重に陰に隠れながら行動せねばならぬのが現状だ。
「思えば無意識のうちに 北の “ お守り ” を排除したことに浮かれ、慌て動いていたのかもしれないか。好機とみて活動を強めすぎた―――今一度、慎重を肝にめいじねばな」
独り言をつぶやくのも自分に強く言い聞かせるため。いわばバラギ流の反省だ。
まだまだ道は長い、焦る必要はない、人間のように貧弱な寿命など持ち合わせてはいないのだから時間はこれでもかとある。
バラギの表情が無機質になっていく。感情というものが一切なくなり、無に入る。
悟りの境地にあるかのような落ち着き払った態度で、視線の先ではなくこの世界のすべてを、見るのではなく
・
・
・
ヒュォオオオオォォォ……
砂漠特有の乾いた風が、少し強めに吹いた。
「(1時間、というところか……さて)」
南方を眺め始めてから経過した時間。人間ならば退屈を覚えるだろうが、バラギにはなんてことはない。
反対の北側、バラギが知覚できる距離に新たな気配が入ったのを察知し、彼は軽くほくそ
「モノは使いようだが……さて、どれだけ役に立つかな人間どもは?」
バラギは、自分の正体を隠すために迂遠な方法で手回しをし、人間側を動かした。
王国の正規軍がその戦力を南から当てているのであれば、スタンピードの北側はこの辺りの人間に当たらせれば良い。
南から北上する魔物達に対し、北から南下してくる人間―――それがぶつかる瞬間を楽しみにするように、バラギは傍観する気満々の姿勢をとって、戦場になるであろう辺りを予測し、眺めはじめた。
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