第522話 半端な敗退が危険を引っぱってくる




 ファルマズィ=ヴァ=ハールの北方。

 中央から見れば僻地になる地域ではあるがそれでもそれなりに町や村が点在し、相応の人口がある。

 地域内で活動している傭兵や私兵の類を、急とはいえ魔物の群れに対処できる人数を集める事は可能であった。




「偵察はまだか?」「ああ、まだだ」

「話に聞く限りじゃあ、もう20km程度しか距離はないらしいからな」

「じゃあ今頃は視認できてるところか……1、2時間って感じかな」


 袖のないベスト状の上着の表面に、大小さまざまな小道具をぶらさげている男たち。

 彼らは傭兵の中でも、少し毛色の異なる活動をする者達だ。


「魔物の数次第じゃあ、危険な戦いになるな……」

「言うな言うな、縁起が悪いだろ」「そうだぜ、なるべくそうさせないためのオレ達だろーがよ」


 先行者ア・スァラフォ―――大きな問題が発生した際、その現地に先立って向かい、情報収集と必要ならば事前準備や軽戦闘まで行う傭兵の俗称。

 傭兵単体や小規模な傭兵チームではどうにもならないような、規模の大きな案件や強力な個体に対し、本格的な対応を行う傭兵や私兵に先立って調査・準備などをお偉いさんから依頼されて従事する者達だ。



「おおーい、今戻ったぞー!」

 声をあげながら砂丘の先より走り寄ってくる姿に、一同は安堵する。仮に偵察に出た者が帰ってこない場合、かなり危険かつ厳しい状況が予測されるからだ。

 しかし元気に戻ってきたということは、まだ状況はそこまで緊迫していないと楽観視できる。


「無事で何よりだな。で、どうだった?」

「ふぅー、ああ多い……すげぇ数だった。けどよ、そこまで恐れるほどじゃあないかもな」

 一息ついて水をノドに流し込むとさっそく報告しだした彼の話によれば、確かにその数たるは相当だという。

 だが魔物の種類はバラバラな上に、まとまって同じ方向に動いているというわけでもなく、北上は確かにしてはいるが、そのスピードは緩い。


「―――だから上手いこと少数をひっかけて潰すってのを繰り返していけりゃあ何とかなるぜ、たぶんだがよ」

 大量の群れの表面の一部だけを軽くひっかけて引っ張りだしては駆逐する。それを繰り返すことで対処は可能だと、偵察の男は判断していた。

 仲間たちもその判断に同意し、後にジューバで結成されつつある討伐隊にも同じように伝えられ、その方針での戦略が練られる事となる。




――――――しかし数日後……


「どういう事だ!? 討伐に行った者が壊滅とは、上手くいくという話だったろう!!?」

 ジューバの町長が生きて帰った傭兵の一人の両肩を揺らし、責めるようなすがるような声を浴びせかける。


 勝算を見出して町を出発したはずの討伐隊は魔物の群れに敗れ去った。しかも北上してくるものはスタンピードの極一部で、討伐隊が敗れた相手は、さらにその中の僅かでしかなかったという―――つまり、ジューバの町に迫る魔物の群れは、ほとんどダメージがないに等しいのだ。


「……そ、それが……雑魚の中に強いのがいくらか混ざっていて、……その存在に気づくのが遅くなってしまい……」

 それだけ聞くと、最初の偵察のミスと取ることもできる。しかしそうではない。

 スタンピードの魔物達に長い時間、王国軍が苦戦を続けている理由がまさにそこにあった。


「つ、強いヤツが隠れていて、俺たちが戦闘に入ってもしばらくは分からなかったんだ、誰も。ところがほどほどに戦場があったまってきた頃に突然現れて……」

 強い魔物達は、雑魚よりも頭も良かった。雑魚の群れを隠れ蓑にし、安全を確保しつつ好機を伺い続けていたのだ。

 それはつまり、雑魚が戦う相手の隙を常に狙い続けていたという事でもある。真っ向から対峙するのではなく自身が絶対有利な形で戦闘に参加する魔物に、ジューバからの討伐隊は一溜りもなかった。


 しかも、厄介なことにジューバの討伐隊はただ負けただけでは済まない、最悪の事態を招いた。


「町長!! ま、魔物の群れがっ、魔物の群れがもう地平線に見えてっ!!」

「な……ぁっ!??」

 魔物たちは生物だ。自分達より弱いモノを知れば、それはすなわち獲物である。

 王国軍が勝ちきれずとも奮起し、スタンピードに対処し続けているのは敗北や後退はイコールで多くの魔物が寄せてくる事になるからだ。


 しかし討伐隊は、甚大な被害を出した挙句に生き残りはジューバへと引き換えしてきた。当然、魔物達からすればソレは、自分達から逃げる弱い者=獲物だ。

 追いかけるべく、定まらない不安定だった進路が明確に北を向くには十分な理由であり、すべてではないとはいえそれなりに多勢な魔物の群れが北上する速度は一気に早まってしまった。



 地平線に見える―――それはもう片手で数えられるkm程度の距離まで迫っている、という事を意味していた。



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