第515話 安心安堵を得て次を見据えよ




「まぁ、エレクトラが笑ってますわぁ……初対面の方にはあまり笑わない子なのですが~」

 アンネスは驚いたようにシャルーアを見た。




 あれから道中、シャルーア達の案内のもとにアイアオネの町に到着したアンネス達は、先行していたシャイト=タムル=パルミュラらとも無事に合流を果たした。


 アイアオネのトボラージャ町長にも挨拶をし終え、旅の疲れを癒すべく宿の手配をしている最中、ロビーのソファーで、褐色肌の美少女が我が子を抱いてあやしてくれていたのだが、我が子はとてもご機嫌がよかった。


「ぅー、ぅっ、だーだ、きゃっきゃっ!」

 まだ生まれて間もなく、ついこの間言葉にならない声を発し始めたばかりの乳児。

 母のアンネス、兄のセイリオスや姉のミアプラにさえ、ここまでの反応は普段からめったに見せない。

 どちらかといえばとても大人しくて良い子という印象だった。



「とてもお元気なお子様でいらっしゃいます、長旅の疲れもないようですね」

 微笑をたたえながら指先であやすシャルーア。あやしながらも赤ん坊の健康状態をつぶさに観察してくれているようで、アンネスは感心すると共にシャルーアの全身を眺める。

 それは貴族社会で培われた、対人にて観察してしまうクセともいえるものでもあった。


「(まだ年の頃は10代半ば……ですが~)」

 ちょっとした仕草や態度にまとっている雰囲気などは社交界で何度か対面したことのある、今ではターリクィン皇国には数少ない、いわゆる ” 本物の育ち ” たる者の品格。

 しかし鼻につくような、あるいは威厳で周囲を威圧するような嫌なものは一切なく、とても温かで穏やかな少女。


「(……このコも、苦労したクチなのですねぇ……)」

 周囲にいる長男のセイリオスや長女のミアプラも不思議とシャルーアに対してなついている様子だ。

 少なくとも子供たちが安心している―――アンネスは道中、ずっと張っていた気をようやく緩め、安堵の柔らかな表情を浮かべた。



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「では滞在する間、あらためてよろしくお願いいたします、トボラージャ町長さん」

「こちらこそ、よろしゅうお願いしますー、シャイト殿」

 合流後にアンネスとも相談した結果、シャイトはこのアイアオネの町にしばし留まる事にした。

 危険は百も承知だが、やはり義姉ルシュティースの事は気がかりだし、何よりローディクス夫人であるアンネスにも、目的あってこの国に訪れているらしい。


『昔、徒歩でこの国の砂漠を歩いたこともありますから~、ご心配には及びませんわぁ』

 

 貴族社会の師匠として尊敬している女性から、ニッコリとそんな一言をいわれた時は、意外だと驚きを隠せなかったが、それを受けてシャイトは帰国しない選択をした。


「(パルミュラ家の将来のためにも、本当の一流になるためには危険にも立ち向かうべきだ)」

 危ないから、となんでも回避していたら広範な経験などとても積めない。

 自分がまだまだである事はよく自覚しているシャイトは、今回の危険を伴う旅は自分を磨く上で逆に大変な好機だと考えた。


 そして彼は、手の者が周辺の下調べに散っている間に自分も見識を広めようと、まずハヌラトムにみずから話を聞きに来ていた。



「そうですな……このあたりの傭兵私兵の類は、あくまで金で雇われているだけ、という意識が強いです。イザという時は金と命を天秤にかけ、容易く命を選ぶ者が多いですから、信頼や義理人情で動く者は少ないと思いますよ」

 ハヌラトムに聞いたのは雇用事情だった。特に、場合によっては今回のように現地で荒事対応の人材を雇うなどの可能性は、今後も高い。

 雇用賃金の相場や、傭兵ギルドへの依頼料、あるいは雇い入れる場合、どの程度の人材が得られるのかなどなどを、詳しく熱心に聞く。



 次いで―――


「やはり町単位が多いですわね。砂漠と荒地の多い土地柄ですし、人の住む環境に適したところを支配する事が、大きな権力と言えますもの。人口の多い町の長などに有力者が直接ないし間接的にいるケースがほとんどですわ」

 この国の権力持ちの在り方を、ルイファーンから聞く。行く先々において有力者とのトラブルになる可能性を考えてのことだ。

 国が違えば慣習や慣例、礼儀なども違ったりするもの―――ヴァヴロナでは常識とされている事であっても、この国では通じない事もある。その辺りの理解は必須だ。


 さらに―――


「武装のほど、って言やぁどんだけ重武装でも足りねぇだろうよ。魔物もピンキリだからな。それでも最低限、3つ予備は用意しとくといいだろうよ。基本は次の町までもてばいいって考えでやるべきだな。長々と使い続けるつもりだと、イザってときに使いつぶすのが惜しくなっちまう。次の町までの道中を今あるモンで乗り切って、んで次の町でまた装備を整える、ってのが最善だと思うぜ?」

 マンハタに、旅における武具の調達や揃えるべきモノをたずねる。


 シャイトは、かなり熱心にいろいろな人に話を聞いてまわっていた。



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