第507話 アイアオネの昼下がり




――――――アイアオネ、町長の屋敷。


「はぁ……ホンマ、助かったでシャルーアちゃん。おおきにな」

 トボラージャはほとほと参ったと言わんばかりに頭をかきむしる。

 材木商人の隊商キャラバンの一件は、シャルーアが途中で割り込み、なだめなければ大きな面倒事に発展しかねなかった。


 しかし、ただでさえ町の各所を回っては復興現場との打ち合わせに忙しかった彼は、トラブルの話を聞きつけて駆け付けるにはどうしても遅れてしまう。


 しかしながら今回訪れた材木商人の隊商は、この辺りでも著名な隊商キャラバンで、他の商人仲間はもちろんのことながら、各地の町のお偉いさんや有力者にも顔がきく。

 ここで対応を誤れば、今後に響いてしまうのは間違いなく、シャルーアが事態をおさめてくれた事は、町長としてトボラージャにはありがたい事この上ない話だった。




 シャァァァ……


『いえ、ことが荒立たなくて良かったです。勝手なことを致してしまいまして、申し訳ありませんでした』

 シャワー室で身体を洗い流しているシャルーア。その外でトボラージャは壁に背中を預け、扉越しに会話を交わしていた。


「いやいや、シャルーアちゃんには助けてもろうてばかりでこっちこそ謝らなあかんっちゅーもんやからな」

 実際問題として材木商たちの気がおさまったとしても、取引条件に変わりはなかった。

 高騰した相場よりもはるかに高額な木材の売買―――しかしシャルーアは、それを半額までまけさせることに成功する。

 額にして破格の割引を実現したのは、彼女が材木商たちに差し出した交換条件のおかげだった。


「(まさか被害にあったモンを割引のための条件に出しよるとはなー……しかもそれで50パーなんつー破格の割引条件をベッドの上で・・・・・・取り付けるなんざ無理させてしもうたなぁ。んな事させてしもうた時点でワイ、とんでもなくカッコ悪いわ)」

 古今において、取引に “ 色 ” を用いることは珍しくはない。

 接待に美女を当て、気を良くした相手が取引条件を緩めてくれるなどよくある話だし、あるいは一晩の夢で取引相手をとろけさせ、ビックリするような規模の取引を成立させるようなケースもある。


 しかしシャルーアは商人でもなければこの町の住民でもない。


 隊商の長たち・・・を相手に破格の割り引き条件を取り付けるのは、崩壊した町北部の商店や工房から掘り出しためぼしい商品ガラクタの譲渡……だけでは不可能。

 いかにこの美少女がその身体を張ったかは想像に難くなかった。






「―――すごいお菓子の量ですが、こんなにたくさん……本当に頂いてもよろしいのでしょうか??」

 シャワーを浴び終えたシャルーアが着付けを終えて応接室に来ると、大きなテーブルが用意され、その上にこれでもかと多種多様な甘味スイーツが並べられていた。


「いただいときいただいときー、こんくらいせんとワイの気ぃがすまへんねや」

 トボラージャはせめてものお礼にと、町中の店からかき集めるようにして大量の甘味スイーツを用意した。何なら何人か町の菓子職人を呼びつけてこの場で作らせたモノまである。

 シャルーアは感情の起伏に乏しい女の子ではあるが、甘味を前にした時は明らかにいつもよりも少しばかり顔色が明るい。


「では、トボラージャ様もご一緒にお願い致します。皆さんにお持ち帰り致しましたとしましても、わたくし一人でこの量は持ちきれそうにありませんし」

「ははは、それもそうやな。んじゃま、ちゃーの時間にしよかー」

 まだまだ忙しい最中ではあるが町の救世主をねぎらうのも町長の仕事と考えてしまえばよい。

 トボラージャはテーブルの反対側に座り、シャルーアと共に甘味を交えて談笑しながらその甘さを堪能する時間を過ごした。



  ・


  ・


  ・


「―――そのようなワケでして、私はすでにたくさんいただいてまいりましたので、こちらは皆さんで召し上がってください」

 シャルーアが持ち帰った甘味の絨毯の理由を聞き終え、ルイファーンがそのような事がとつぶやくすぐ後ろで、マンハタはプルプルと小刻みに震えていた。


「マンハタ、あなたが怒るようなことではないですよ? わたくしの方から自発的に行ったことなのですから」

「し、しかしっ」

「まぁまぁ、落ち着きなされマンハタ殿」

 シャルーアとハヌラトムからなだめられても納得いかなそうなマンハタに、ザムはやれやれとばかりに肩をすくめた。


「おいおい、シャルーアちゃんがそーゆーことするのは今更だってのは、お前だって知ってんだろーに。そりゃあ最初に聞いた時はオレだってビックリしたもんさ。こんな事なら初めて会った時、オレも素直に手ぇ出しときゃよかったかなーって―――おいおい冗談だって、んな睨むなっての」

 (※「第19話 南方の “ 御守り ”」「第20話 危険の微香」あたり参照)


 マンハタのシャルーアに対する忠誠心の高さは間違いのないところだが、それがいささか潔癖に過ぎるところまできているようにも思える。

 そんな二人のやり取りを見ていたシャルーアはクスッと微笑んだ。



「ザムさん、お望みでしたらわたくしはいつでもお相手致しますので、遠慮なくおっしゃってください」

「(あら、シャルーア様があんな悪戯っぽい掛け合いをなさるだなんて)」

 言い方や態度、雰囲気を見ていればそれが本気でない事は分かる。いや、実際にザムから求められれば言葉通りに応じるのだろうが、その言い草は明らかにマンハタをからかう目的だ。

 ザムが調子よく ” おー、じゃあ今夜にでもさっそくー ” と応じるようなセリフを吐き、またしてもマンハタがギャーギャーとザムに突っかかる。


 その様子を眺めつつもルイファーンは、シャルーアがそういう余裕ある掛け合いができるようになった事に驚き、同時に成長を感じ取って、なんだか温かいもので気持ちが満たされる気がした。



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