第506話 愚か者は業を重ねることを怖れない




 ジューバの町から西へ2kmの地点にあった、旧ジューバの村跡。

 バラギとの取引でヤーロッソがこの地の密かな開発を進めはじめて数か月が経っていた。

 (※「第71話 悪欲は地道にも穴を掘る」あたり参照)


「ふーん……ま、バラギ殿の注文通りには仕上がったかな?」

 地表も地下も相応に整え終わり、村跡の古びた家の跡はすべて材木商に押し付け、綺麗に整地も終えた。

 雇った大工仕事の男達の暑苦しさには眉をひそめたくなるが、ヤーロッソの目からみても、彼らは良い仕事をしてくれているのが分かるほど、旧ジューバ村跡は良く整地がなされていた。




「あ、ウラオスの旦那、お疲れ様です。どーです、旦那のご注文通りでしょう?」

 作業に従事している男達のまとめ役がヤーロッソがやってきた事に気付き、近くまで駆け寄って来る。

 身長2mは余裕であり、肩幅の広い逆三角形のムキムキな上半身がいかつい、いかにもガテン系な大男――――――バルムークは、自分たちの仕事を誇るように胸を張った。


「ああ、悪くないんじゃあないかな。綺麗になるのはいいことだしさ」

 いかにもバルムークに近づいてほしくないと言わんばかりに、素っ気ない態度と淡泊な物言いをするヤーロッソ。

 彼は自分よりも大きくて筋肉隆々なバルムークが苦手だった。彼を見るたび、男らしさという点において自分が大きく劣っている存在のように感じて、気分が悪くなるからだ。


「それで、次はどーするんですかねぇ?」

「ん? 次??」

「はい、綺麗に整地したってことは何か建物を建造するんでしょう? その辺りのことを聞かないことには、次の作業には移れないんですが」

 バルムークは当然、この後の作業も任されるものかと思っていたらしい。だがヤーロッソは不機嫌そうに表情を歪めると―――


「一体いつ、僕がキミ達にそこまでの仕事を頼むと言ったかな? 調子に乗らないでほしいんだけど?」

 すると今度はその言葉に、バルムークが大げさに驚く。


「ええ?! いやですが、フツーは基礎整地をしたモンがですね、そのまま建物の建造にも携わるモンですよ、ウラオスの旦那?」

 こういった土木工事は、人によってやり方や用いる材料などが異なっていたりする。画一した工法が定められておらず、業者が自分の裁量と技量と知識でもって行うので、通常は地面から屋根のてっぺんまで同じ土木業者が担うのが、業界の当たり前だ。

 仮に地面の基礎を終えたこの状態で、別の土木業者が建物建設を請け負った場合、途方に暮れることになってしまうだろう。



 しかしヤーロッソはバルムークを鼻で笑い飛ばす。


「お前達のフツーなんて知った事じゃあないよ。仕事は終わったんだ、とっとと帰って二度とここには来ないでほしいね―――おい、コイツらをつまみだすんだ!」

 ヤーロッソの声掛けを待ってましたとばかりに、後ろに控えていたガラの悪い男達が動き出す。

 当然ながらバルムークらもカチンとくる。その場で乱闘になり、収拾がつかなくなるが、ヤーロッソが買収したジューバ役所のお偉いさんが一方的にバルムーク達を悪と決めつけ、捕縛して排除された。


  ・


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「―――随分と荒々しい手を使ったものだな」

 一連の話を聞いたバラギは、呆れたようにヤーロッソを見た。


「ははは、おかげでビタ一文払わずに済んだよ。拡張したはいいけれど、細かい整地はどーしても暑苦しい連中にやらせなきゃあいけないのが、僕としちゃあ嫌々だったからね。アイツらが牢屋行きになって清々せいせいさ」

 何一つ悪い事をしておらず真面目に働いた人間達には同情するが、バラギとしてもそれは都合が良かった。

 なにせここは自分達の活動拠点の1つにする予定なのだ。この場のことを知る人間は少ないに限るし、工事に関わった者が社会的に抹殺されたとなれば安心もできる。



「それよりもバラギ殿、しばらくぶりだね。長くやって来ないものだから心配したよ」

「……フッ、金を払ってもらえるかどうかの心配かな?」

 バラギはそう皮肉を言いながらヤーロッソの足元に金貨の詰まった袋を投げた。


「ハハハ、そうそう。さすがバラギ殿、僕の喜ぶモノをよくご存じだ」

 目の色かえて袋を開け、中身を確かめて嬉々とするその様子に、バラギはコイツほど欲望に素直な人間もなかなかいないだろうなと、改めて感心する。


「こちらにも色々とあるのでね。今回も別件ついでに様子を見に来させてもらった」

「? そちらも忙しいようだね。まぁ僕としちゃあ金さえ貰えれば文句はないし」

 しかしバラギは、ヤーロッソは侮れないと少し評価を改める。

 この旧ジューバ村跡に訪れる前、最近のヤーロッソの行動について少しばかり調べたところ、この男は政治的にもかなり動いていることが判明したのだ。


 性欲・金欲にがめつい男ではあるが、この辺りの権力者や有力者にはすんなりと金を出して根回しをしている。

 それは自分自身の保身のためであり、あくまで自分のためという理由で、深い思慮ある行動ではないのだが、結果としてヤーロッソは多少の横暴も許される特権的な地位基盤を固めるに至っている。


「(先ほどの大工どもの話にしろ、他人に理不尽を押し付ける身勝手がまかり通る……か)」

 協力者としては頼もしいが、調子に乗りすぎれば面倒なことを引き起こしかねないとも言える。


 バラギは頭の片隅でヤーロッソの始末することも強く考えはじめた。




「そういえばバラギ殿、この後はどーするんだい? 僕としちゃあ少し共だってほしい事があるんだけど、時間的な猶予はまったくないのかな?」

「? こちらは私用でアイアオネに向かう予定だが……共だってほしい事?」


「ああ、嫁の実家からなんか訪問してくると言って来たんだよ。そこで箔をつけるためにもバラギ殿に同席してもらって、ちょっとばかし不思議な手品の1つも見せてくれたらいいかなー、なんて今思いついたんだけど……ダメかい?」

 何を言い出すかと思えば、訪問客の心象を良くするために自分を利用したいなど調子に乗るにも程がある。


 さすがにバラギはキッパリと断り、ヤーロッソはまるで子供のように軽くすねた。



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