第500話 邪悪を灼く1粒の神液
「グォアアアア!!! このっ、どけェエィ、ザコがァアア!!」
「ぐあっ!! 痛ってぇ……けど、そう簡単にゃいかせねーよ、こっちにも意地ってもんがあらぁな!」
ザムとの位置関係が悪く、クルコシアスの蹴りは上手く入らない。
それでもザムの身体に痛烈な痛みを走らせる程度には強力だ。
いつもなら危険な脅威はすぐに理解し、避難を優先する逃げ足に定評のあるザムだが男気を見せ、バケモノ相手とはいえその場で踏ん張り続けた。
「(ここでカワイ娘ちゃんを見捨てて逃げ出しちゃぁ、まさしく男が
突き刺した槍をグッとねじりながら押す。
さすが未知のバケモノは身体が硬く、飛び込んだ勢いのおかげで刺さりはしたものの、浅い位置で止まってしまってさほど深くは入り込んでいかない。
死角から全身で体当たりするようにぶつかったおかげで、クルコシアスをシャルーアから離して地面の上に倒すことはできたが、おかげでザムも態勢が良くない。
「グウウウ! いい加減に……離れろォ、ゴミィイ!!!」
ゴォ!!
「うっ!」
ザムの直感が告げる―――この蹴りはヤバイ。
その瞬間、彼は驚くほどあっさりと槍の柄から手を放し、クルコシアスから飛び退いた。
ビィッ! ブシュッゥ
「うぁっ! ……ぐぐ、マジかよ……」
攻撃が当たる前に後ろへと距離をあけたつもりが、石灰色の蹴りは想像以上のスピードだったらしい。
ザムの服が腹から胸部にかけて切り上がるように裂け、皮膚までも切れて血が吹きだす。
着地して即膝をつき、思わず傷口を抑える。だがそうこうしている間にも激昂するクルコシアスがザムに向かって追撃の蹴りを繰り出そうとしていた。
「(やべ、完全にお怒りでいらっしゃる!)」
今度こそ回避は不能。まともに蹴りを喰らってしまう。
当たったかどうか分からないほどギリギリでも身体が切れる鋭さ……受ければどうなるか想像は容易い。
「(……はは、こりゃ死んだかな?)」
ザムが絶体絶命を理解した刹那、横から質量がやってくる。
「おおぉおお!」
ドンッッ!
「っ! また雑魚がっァ」
ハヌラトムが体当たりをかけ、クルコシアスの身体を吹っ飛ばす。
しかし既に放たれ始めていた蹴りは、体当たりで軸が回った影響でハヌラトムへの回し蹴りとなり、炸裂した。
ガキャリンッ!
「うっ!? ……なんと、蹴りでこの厚い肩の装甲部分をえぐるとは」
幸いハヌラトムの身体には届かなかったものの、クルコシアスの蹴りは鎧の肩部分の厚い金属装甲を綺麗に切断していた。
渾身の蹴りが名刀の一撃以上―――それが自分に当たっていたらと思うと、ザムは今更ながら怖ろしくなり、身震いした。
ハヌラトムがフッ飛ばしてくれたことはまさに幸い。だがヤツはまだ健在だ、気は抜けない。
「はぁ、はぁ、はぁ……気は済んだか、虫ケラど―――」
「えぇぇぇいっ!」
ザム達とやり合っている間に立ち上がっていたシャルーアが、ちょうど吹っ飛んできたクルコシアスの後方からシミターを大きく振り上げた状態で攻撃にかかる。
先ほどと同じく全身で振るう素人斬撃だが、いかに死角からとはいえクルコシアスにはさすがに通用しない。
「そのようなちゃちな攻撃、何度も通じるものか!」
迎え撃って、今度こそカウンターで殺す。そうすることもできた。
だがクルコシアスは、シャルーアとは反対側から襲撃せんとしているマンハタに気付いていた。
なので少女には振り向く動作と共に地面スレスレの空気を強くローキックで回し蹴り、下から猛烈に吹き上がる風圧を起こしてけん制した。
「っ……」
シャルーアのスカート部分がまくれあがり、下着が露わになりながらその身体が地面から離れて軽く浮き上がる。
これで完全に彼女の態勢は崩れた。なのでクルコシアスはひとまず後回しにしておき、逆方向に向きを変えて隙を突こうとしていたマンハタに対峙する。
「っ、こっちにも気付いてやがったか!」
「その脚でなお戦おうという気力は褒めてあげましょう。しかし! 今度という今度こそは、終わりだァァァ!!」
左腕の焼けるような苦痛がなくならない。クルコシアス自身、かなり戦闘を継続するのが辛い。
いい加減に終わらせて失った右腕も含め、身体を癒したくてしようがない。
マンハタに向かう蹴りに邪気を込め、振るわれてくる剣ごとその身をへし折ってやると言わんばかりに繰り出す。
「くううう! うおお、負けるかよぉお!!」
マンハタも拾った宝剣を振り下ろす。たとえ蹴りにこの身が引き裂かれてしまおうが奴を斬る、そんな覚悟で。
互いの攻撃が両者に向かう。その数瞬前―――
ッピ
それは浮き上がらせられたシャルーアの、露出したままの胸の先より放たれた。
強烈な風圧が豊かな乳房を大きく叩き揺らし、精製したものは既に空っぽのはずだったにも関わらず、その先端より1滴……いや1滴に満たない微細な飛沫が数粒飛び出したのだ。
シャルーア自身もそれを放った感覚や意識はない。
目で捉えることもできないほど微細で、離れていくほどにより微細になって霧状の数粒と化していく。
もしも、あと3mほど離れていたならそうはならなかっただろう。
クルコシアスにとっての不幸は、シャルーアをフッ飛ばさずに態勢を崩すにとどめてしまったがために、彼女と比較的距離が近かったことにある。
シュウゥッ
「うぐゥウッ!?!」
霧は、クルコシアスの首筋に着地した。そして途端に焼く。
僅かな、目にも見えないほどに微細なそれらはただの乳液ではない。
邪悪なモノに反応して焼く霧は、石灰色のバケモノに新たな強烈なる痛みを与えた。
「おぁああああああーーー!!」
ドザシュッ!!
大きな隙。
マンハタがこれを見逃すわけはなく、ふるい落とされた宝剣は宝玉に僅かなれど確かな輝きを放つ。その刃を深く深く落とし、クルコシアスの身体を切断した。
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