第498話 戦闘力の絶対的なる壁




「(チャンスだ! あの野郎、隙だらけ―――)」

 しかしマンハタは、そこで思考を止めた。


 茫然としているバケモノだが、その近くに味方の姿はない。

 白亜の魔物たちも吹っ飛んでそこらで体勢を立て直している最中、当然ながら町の人間からゴロツキの男達、そしてハヌラトムも離れた場所で立ち上がり、状況確認に入ろうとしているところだ。


「(くそ、誰も攻撃できねぇっ。シャルーア様の手からは剣が離れちまったし、俺も脚が―――……脚が??)」

 動く。激痛はあれど、フッ飛ばされる前には一切動かせなかった、折られたはずの左脚が動かせる。



「(どうなっていやがる?? ……そういえば手の平は―――こっちはなくなっている??)」

 それは先の、シャルーアとクルコシアスの聖邪のエネルギーが衝突した際の波動の影響だった。

 シャルーアから与えられた手の平に宿っていたエネルギーは、クルコシアスの邪悪なオーラと相殺される形で大半が失われた。

 しかしその後に浴びたシャルーアの聖のオーラが、残っていたオーラと反応し、マンハタの全身の怪我をわずかに癒していた。


「(……何が何だかわからねぇが、身体が動くならやることは一つだっ)」

 少し距離が開いたとはいえ、フッ飛ばされた面々の中では、マンハタが一番二人に近い。

 クルコシアスが我に返れば、手元に武器のないシャルーアを今度こそはと殺しにかかるだろう。


 マンハタも2本のシミターのうち1本はフッ飛ばされてしまったが、もう1本はなんとか手元に残っている。

 彼はギリギリまで気配を殺して近づこうと、腕だけで砂漠の上をにじり進みだした。






「……ううう、馬鹿なバカなバカナッ!? なぜ、なぜこうなる!?? 私の力が弱っているとでもいうのか?!」

 人間を超越したはずだ。何気ない攻撃ですら岩を割り、人の身体を引き裂ける……自分はそんな力を得た存在のはず。

 クルコシアスは納得できないとばかりにえる。


「はぁっ、ハァッ、はぁっ! ……ダメだ、冷静にならなくては。こんな失態、方々に知られるわけにはいきません。失敗は……そう失敗はありえない」

 軽く天を仰ぎ、目を伏せ、そして見開くと同時にあらためてシャルーアを見た。

 少女の手元に武器はない。一撃で殺せなかったとはいえ、ダメージもゼロではない。

 町の外壁も、まったく破壊できていないわけではないのだ。何かトリックがあるのだろう。


「(そうですよ、別にこだわる必要はない……プライドには触りましたが、十分やれる範囲ではないですか)」

 少女は殺せる。町の破壊も手間はかかるだろうが不可能ではない。

 手下の魔物達も健在だ、目的遂行にあたり、まったく問題はないのだ。何を焦っているのか、クルコシアスよ?


 自分に言い聞かせる。落ち着き、状況を整理し、理解し、そして変わらずやるべきをやれば良い。


「フゥー……はぁ~~……、よろしい。少々恥ずかしい姿をお見せしましたが、そろそろ本当に覚悟を決めていただきましょうか。奇跡も偶然もなく、必然として全員、しかと殺しますので」

 荒々しさが完全に消え、落ち着いた精神が殺意を静かにまとめ上げる。

 クルコシアスは左手を軽く前に出し、握りこぶしを作った。


 そこに禍々しいオーラが再び集束してゆく。


「1撃では不可能ならば、死ぬまで攻撃をするのみ。そんな細い身体で私の攻撃に耐えた不可思議さは気になりますが……確実に、確かなダメージを与え、そして死に至っていただきますよ」

 クルコシアスが歩み出す。シャルーアに向かって距離を詰めていく。

 その前に、態勢を立て直せた数人の町の男達が飛び出す―――が


ドゴッ、ズンッ、バシンッ


 クルコシアスは一切歩みを止めることも、遅くすることもなく、男達をぶちのめした。


「ふむ、殴ってもダメージは大きくとも身体を引き裂けない……ですか。もしや私が想定している以上に消耗してしまっているのやもしれませんか。慢心はよくありませんね、我ながら」

 普通なら、何気ないパンチでも簡単に真っ二つになる人間の身体。

 だが町人たちもそうはならなかった事から、クルコシアスはシャルーアが特別なのではなく、自分が想定以上に弱っているのだろうと考えた。


 アイアオネの町の半分をフッ飛ばしたりもしているし、己が内包するエネルギーがかなり喪失しているのだろうと、1撃で殺せない理由を自身の中で結論付ける。


 本当は、彼らが身に着けているシャルーアの髪入りの綱が最低限ながら邪気を伴うダメージを緩和しているのだが、クルコシアスがそれを知ることはない。



「とはいえ、やはり人間。この私と戦えるわけもなし。焦らず丁寧に殺していきますよ。キッチリと―――まずはお前からです。今度こそ、ね」

 シャルーアの前に立つ。

 腕をあげる。が、一撃でカタをつけようという雰囲気ではない。

 得意のスピードにモノを言わせて、何撃も叩き込む気満々な左腕が今、シャルーアに向かって振り下ろされた。



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