第496話 月刃を用いる陽天の輝き
プルルンと放り出された乳房―――だが、その魅惑の姿に鼻の下を伸ばす者はいない。
「……ふー、はー……、はー、はー……ふーぅ」
神秘的な雰囲気と共に振り上げた剣をおろすシャルーア。
激しい息使いは、まるで何十分と戦った後のよう。たった1度、剣を振るっただけだというのに。
いかに彼女に体力や腕力がないとはいえ、重い大振りの両刃剣を思いっきり振り上げたとはいえ、その消耗のほどは異常だった。
「(やっぱり……持っていかれますね、この
合わない。
ワダン王家に伝わっていた宝剣、その属性は “ 月 ” だった。
シャルーアの属性たる “ 太陽 ” とは対であり、相互作用もありはするが、同時に真逆の性質でもある。
なのでシャルーアが用いるには元より相当な負担がかかってしまうのだが、それ以上に厄介なことがあった。
「(こうして握っているだけで、体力も意識もなくなってしまいそうです……)」
月は太陽光を受けてその表面を輝かせる。
それゆえにシャルーアでも、宝玉に月属性のエネルギーを補充させることが出来た。だがそれは最低限でしかない。
属性が “ 太陽 ” であるシャルーアが、この “ 月 ” の属性にある剣の真価を発揮させるためにはエネルギーを与え続けなければならない。
つまり柄を握っているかぎり、延々と体力と気力が吸い取られていってしまう。
しかしながら今、この場でこの宝剣を使える人間はシャルーアしかおらず、事実として一振りでクルコシアスの腕を切り落とした。
「ぬぐうう……バカな。その剣がどれだけ切れ味が良かろうとも、この身を容易く傷つけることなどっ」
クルコシアスは、2歩3歩後ろへと離れる。あきらかに気が動転していた。
「……はぁ、はぁ……ふぅ、……やぁぁあ!」
滅多に咆哮ともいうべき声をあげないシャルーアが、声をあげて剣を振り上げ、踏み込む。
いかに乱れているとはいえ、クルコシアスはそれを難なく避けた―――はずなのだが。
ドシュウゥゥッ!!!
「なにぃ!? こんな馬鹿なっ、何故避けた剣に斬られる!??」
胸から脇腹にかけて斜めに切り傷が走り、血を噴く。
思わず傷を左手で抑え、信じられないとばかりに自分の傷とシャルーアを交互に見た。
「(……この女……それにあの剣は危険、早々に始末してしまわねばっ)」
かつてない危機感に襲われ、クルコシアスの顔面から余裕が完全に消えた。
左手を血の止まらない傷口から離し、メキリと音がなるほどに力を込める。
「……この距離でしたら、もう偶然は完璧にありえませんよ。今度こそはね!」
バチチチッ!
禍々しい輝きが腕どころか全身から放出され、それが左腕の先端の方へと集中してゆく。
あまりの濃度にスパークが生じているがなおも圧縮され、手先から腕の間接近くまでの肌が、その禍々しい輝きと同色に染まったかのように見えた。
「オォォオオッ、今度こそハ、今度こそワァアア!!!」
顔面がベキベキと音を立てながら少しばかり変形してゆく。形容しがたいバケモノから、歪に角の伸びた鬼のような顔―――それを見たシャルーアの中で、ドクンと強烈に反応するものがあった。
「(……承知しています、アムちゃん様。これは、これこそが―――)」
『『 ―――ワタシ ノ テキ 』』
シャルーアの瞳が煌々と輝いた。髪の毛の赤い部分が全体に広がり、褐色肌に白肌色の紋様が走る。
神秘的な雰囲気が強烈に増し、周辺に太陽の温かみだけを宿したオーラが広がる。
激しく苛烈で禍々しくも邪悪そうなエネルギーと、まるで正反対な穏やかで荘厳かつ安心するようなエネルギーが高まり、ぶつかる。
「オァアアアーーー!! シネェエエエィイイ!!!!」
「えぇえいぃやぁあッッ!!!」
二つのエネルギーが、攻撃性を持って振るわれた。
下手な金属よりも遥かに硬い腕が。古き時代に邪悪を討った武器の1つが。
それぞれに人知を越えたエネルギーを付与され、炸裂する。
ドォオッ!! バァァンッ!!!
「う、うわっ!!?」
「くはっ」
「ぬおおっ!??」
まるで嵐のような衝撃波が辺りを包む。
町の男達も白亜の魔物達も、ハヌラトムやマンハタも堪えきれずにフッ飛ばされ、町の外壁がピシピシと今にも割れ砕けてしまいそうな音を奏でた。
その猛烈な衝撃がようやく収まって、辺りは静まり返る―――と
……ヒュ……ン……ヒュン……ヒュン、ヒュンッ、ヒュンッ、ヒュンッ!
ザクッ!
天高く舞い上がっていた宝剣が、何もない砂漠の上に落ちて突き刺さった。
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