第495話 シャルーアちゃんの支援と対決




 まったく影響がなかったわけではない。


「ふー、なんだ今のは?? 突風……にしちゃあヤバイ感じだったぞ??」

「ああ、なんだかよく分からんが、無事みたいだな俺ら」

「さっきちろっと見えたけどよ、この綱が淡く光ってたんだ。コイツのおかげか?」


 町の男達は軽くザワつきながらも、突如として襲い掛かってきた猛烈な風の波に耐えられて安堵する。


 しかし、先頭に立つシャルーアは肩で息をついていた。




「はぁ、はぁ、はぁ……」

 鞘のまま剣を前に掲げて押すような態勢。

 盾がわりにその大振りの剣で彼女が先ほどの強烈な風を防いだ事に、即座に気付いたものは少数だった。


「だ、大丈夫かいお嬢ちゃん!?」

「はい……何とか防げました。町にも影響はなさそうで良かったです」

 心配して話しかけてきた男性越しに、町の外壁を見る。その言葉に男達もハッとして思わず振り返り、外壁が無事であることを視認して再び安堵感を得た。


「いまの風は一体……」

「おそらくあの攻撃が、先日町を破壊したものと思われます。相手との距離がまだありましたので、なんとか防御は間に合いました」

 実のところ、シャルーアが何かしなくとも町の外壁も男達も耐えられる。外壁にはシャルーアの乳を希釈した水がかけられているし、男達が身に着けている綱の中には彼女の髪が入っている。


 しかし、まだ自分の “ 力 ” を使い慣れていないシャルーアは、それで本当に防ぎきれる自信を持てなかった。



「(もっと、しっかりと固めることができれば良かったのですが……)」

 神々の飲料ソーマ用の特別な乳はただでさえ、精製が中々おぼつかない。髪は緊急だったためにギリギリの代用物に過ぎない。

 他にも道具を使って何らかの術法を施す手立てを立てる知識は学んだが、アイアオネの町が半壊してしまったことで、短時間のうちに必要な道具をそろえることが出来ない可能性の方が高かった。


 それゆえ、外壁と町中に守りの加護を施すための媒体として残っていた少量の乳をさらに希釈したものを全て使い、戦いに赴く町の男性陣の護りには自分の髪を切って媒体とするしかなかった。


 シャルーアの乱れた毛先の髪は、奇しくもリュッグと初めて出会った頃の、行く当てもなく野でボロボロになっていた時に近いものになっており、傍目にはややワイルドにも可哀想にも見えるような状態だった。

 しかし髪を整えているなんて悠長なことをしている暇もない。



 シャルーアは今、やれる準備をやれるだけ行い、こうして出陣してきた。アイアオネの町を襲ったバケモノ―――クルコシアスの姿も見えている。


「(向かってくる……。ハヌラトムさんとマンハタは……生きていますね、良かった……)」

 呼吸を整え、重い両刃剣を持ち上げる。

 ワダン王家に伝わる宝剣は、話によればかつて女王の寝室に押し入ったバケモノを、当時の女王がその命を犠牲に討ち果たした際に用いられたモノだという。

 (※「第91話 ありし日の小さな死闘」参照)


 おそらくその時に、剣に宿っていたエネルギーは全て使い果たされた。文字通り搾り出し尽くして。

 それをマルサマが修復。そしてシャルーアが完全ではないものの、エネルギーを回復させた。


 石灰色の、刺々しい亜人がこちらに向かってくる。表情は良く分からないものの、全身から苛立ちを放っているのが分かる。


「……ナーダ様、お借りいたします」

 シャルーアは丁寧に宝剣を鞘から抜いた。

 すぐ手近にいた町人の男性に鞘を預けると、フラフラと今にもコケてしまいそうなほどおぼつかない足取りで、バケモノに向かって歩を進める。




「ほう、向かってきますか。……ハハハ、フラフラと。そんな大仰な剣で一体どうしようというのです??」

 まるでダメダメな、子供が扱えない剣を持ち出してきたかのような姿のシャルーアを見て、クルコシアスは先ほどまで感じていた苛立ちが霧散し、一転して気楽に笑いだした。


「はい、貴方あなたを斬ります」

「ふっ……クハハハハッ、面白い冗談だ! そんな構えすらままならない状態で、この私を斬る? 振るうことすら出来なさそうに見えるのですが?」

 完全にバカにした笑い声があたりに響く。

 しかし、シャルーアは大真面目だ。だが上手く持ち上げられず、いまにも剣の重みで自分が地面に伏してしまいそうなのも事実。


「(確か……ご先祖さまの記憶で見た、あの剣士のお方は……)」

 ふと魂の学び舎で見せられた、先祖の記憶のワンシーンを思い出す。

 そこで見たのはとある剣士の戦う様子だった。

 シャルーアはその時に取っていた構え方を思い出しながら、あえて両腕をダラリと下げ、持ち上げようとするのではなく最低限、剣を地面に対して並行にするだけの構えを取った。

 上体は下がり、両脚を前後に開く。重さは変わらないが、両腕で握った柄がいくらか持ちやすいように思えた。


「? 妙な構え方を。しかし、まるで獣が獲物を狙うかのような雰囲気……どうやらそろそろ真面目に殺した方がよさそうだ」

 クルコシアスは、片腕を空高く掲げる。握った拳へと禍々しい輝きが集まっていく。


「先ほどは、距離があったからこそ偶然無事だったようですが……今度はそのような偶然はありません―――死ね」

 目にも止まらないスピード。

 念のため、回り込もうとするかのようなフェイントを入れつつ、人間の目では捉えられないパンチがシャルーアを襲う。

 仮に捉えることができたとしても、人間の反応速度や身体能力では対応不可能なスピードで、殺意に満ちた拳がシャルーアの胸下、みぞおち付近へと迫る。


「―――」

 ドシュッ!! ブバッ……ドンッ


 何かが飛んだ。1つは空高く舞い上がった塊で、そのまま砂漠の上に落ちて転がる。

 もう一つは粉みじんに吹き飛んだ布の切れ端のようなものが無数に。砂漠の風に抗えず、途中で不規則な動きに変わって飛ばされてしまう。



「……ぐ、ガアァアアア!!? ば、バカな!!?」

 なぜ自分の腕が切断されている? クルコシアスは、何が起こったのか信じられない気持ちでいっぱいだった。


 繰り出した右のパンチ。音速を越える超スピードは、目の前のか弱い少女は勿論、その道の武術家でも対処不可能。腹を突き破っているはずの攻撃だった。

 ところが、そのパンチが吹き飛ばしたのはシャルーアの胴ではなく、彼女のドレスの胸元の布きれだけ。



 そしてあの瞬間に彼女がした事は、垂れ下げていた剣を空に向かって斬り上げただけだ。その剣はスローで、少女にしては渾身の一振りだったのだろうが、クルコシアスには余裕で避けられるし、事実として避けていた。


 なので本来、一方的にシャルーアの腹が吹き飛んで死ぬだけなのだ。ところが結果はまるで逆―――クルコシアスは右腕を切断され、シャルーアは胸を露出させただけでまったくの無傷だった。



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