第485話 腕を一振りするは、戦い不要の強者




――――――シャルーア達が到着するより遡ること1日前。


 それは、突然のことだった。


「!? なんだ、爆発音がしたぞ?」

「またどこぞの変人がヘンな実験でもしてたんじゃねーの?」

「いや、音はあっちの方から……傭兵ギルド? なんだ??」


 町を往来する人々が一斉に足を止め、

 その音の出所と思われるアイアオネの町の傭兵ギルド支部の真新しい建物に目を向ける。




 以前、この町には傭兵ギルドはなかった。


 美容師のマレンドラが、駐在員として兼ねていたが、近頃の物騒な国内情勢に合わせて、ギルドを通じた各町や村の連携力を高める一環として置かれたばかり。


 だが不穏な音の直後、その建物から出て来たのは血まみれのバケモノだった。


「!? ば、バケモノだっ!?」

「うわぁああ!!!?」

「キャアアーーーッ!!」


 血は、おそらくは返り血。誰の返り血かといえば当然、中にいたギルド職員やら傭兵達やらだろう。


「やれやれ、やはり人間はうるさい。この程度のことで騒ぎすぎる……さて、アイツらがやってくるまでに、少し時間が出来てしまったか。……さて、この町の刀鍛冶、マルサマの住処はあっちの区画だったはず―――ハハ、まるでごみ溜めたような町だ、イチイチ探すのは面倒だなぁ」

 バケモノはまるで観光でもしているかのような呑気な態度で、アイアオネの町の半分を眺め見る。


 逃げ惑う人々など意にも介さない。散るならさっさと散ってくれたほうが面倒はないし静かになって良いと考えていたからだ。


 しかし逃げ惑う人々とは逆に、やってくる者もいた。



「チッ、騒ぎを聞きつけて来て見れば……なんてこった」

 駆けつけたのは、この町の暗がりの連中荒くれものをまとめているアッサージだ。

 身体のあちこちに備えている愛用の変則短剣ククリを2本抜いて手に取り、バケモノに対して即座に戦闘態勢を取る。


「アッサージの兄貴!」

「お前らはくるんじゃねぇ、前の怪我が治ったばっかだろ!」

 他の荒くれ者たちをけん制し、一人で退治する姿勢を見せるアッサージ。

 白灰色の・・・・バケモノは、首から上だけ向けてその姿を確認する。


「……死にますよ?」

 四の五の語る必要はない。端的な忠告だ。

 どうやらバケモノはそこまで戦意があるわけではないらしい。


「へっ、言葉が通じるのはありがてぇがな、お前みてぇなヤツをのさばらせておける立場でもねーんだわ、こちとら!」

 死ぬかもしれない。それでもこの町の暗がりの世界をまとめる者として、目の前のバケモノを放置できるわけもない。


 アッサージは飛び出し、地面にこすりそうなほど低い態勢のまま、バケモノに迫る。


「可哀そうな人間だ。死ぬと分かっていても立ち向かわなければならない……同情しますよ、くだらない社会観念の中、進んで犠牲にならねばならないことをね」

 そう言い終えると、バケモノはニィと笑う。

 人型のようではあるが、全身が白灰色であちこちからトゲが伸びている。顔面もトゲだらけで、顔つきなどはほとんど分からない。

 だが、明確に1本、他のトゲとは違った存在感を持って額の中央からやや左寄りの場所より生え伸びているソレは、“ 角 ” と形容できるモノ。 


「(ただの魔物じゃねぇってのはビンビンに分かる! しかしよっ……だからって、こっちもそう簡単にはヤられねぇ―――)」



 ドンッ


「――――――っ」

 それは一瞬だった。

 アッサージのククリが、バケモノの身体の表面に最初の接触をしようとした刹那のこと。


 その初撃から、彼の息もつかせない連撃がバケモノに襲い掛かりながら、アッサージは通り抜けるはずだった。

 ところがアッサージの繰り出したククリは、バケモノに触れはしない。それどころか次の攻撃も行われない。


 ―――当然だ。彼の身体は、腰で綺麗に、上半身と下半身が切断されてしまっていたのだから。




「本当に同情いたしますよ。あなたの勇気に免じて、このまま時間をかけることなくあの世へ送ってあげます。……そうだ、せっかくだ。お供をつけてあげましょうか、巨大な墓代わりも用意してあげましょう、ハハハ」

 そう言いながら、殴って・・・切断したアッサージの身体を二つとも、建物の込み入ったエリアの方へ、上半身はそのククリを繰り出して伸びたままの腕を掴んで投げ、下半身は足で蹴って飛ばす


「「「あ、兄貴ーーーー!!」」」


 あまりに一瞬のことで、声も出せずにいた荒くれ者たちは、吹っ飛ばされていくアッサージの遺体を見て、ようやく声を出す。

 その悲鳴にもにた叫びを、心地よさげに聞きながら、バケモノもその飛んでいった方角に向き直った。


「よく見ておくのですね。これで、このゴミ溜めの景色とは永久にオサラバなのですから!」



 ゴォッ! バキバキバキバキバキャァアアッ!!!


 バケモノの両腕が強く、そして禍々しく輝いた。まるで目の前の景色を薙ぎ払おうとする―――目の前の景色を抱きしめるかのように振るわれた直後、猛烈な突風が嫌な輝きと共に前方へと広がる。


 一瞬でアイアオネの町の北半分は瓦礫の山……いや、その瓦礫の大半すら吹き飛ばされてしまい、まるで絨毯爆撃された町に巨大竜巻が通った跡のような、無惨な光景へと変わり果てた。



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