第440話 大胆不敵な一騎当千




 その日、王宮はまさかの客の襲来に浮足だつ。


「おらおらおらぁっ、どきな豚どもっ!」


 ザシュッ! ドシュッ!! ザンッ!!


 カッジーラの取った選択―――それは、王宮へと攻め込むことだった。





「なっ、なぁ!?」

「バカな、この王宮に乗り込んでくるなどっ」

「いやしかしこれはチャンスだぞ!」


 何人かの大臣や文官があっさりと斬りふせられる。しかし場に居合わせた者は慄く者ばかりではなかった。


「はっはは! 飛んで火にいるとはこのこと! このボイザンがそのそっ首切り落として手柄に―――」


 ズバァッ!! ドンッ、ゴロゴロゴロ……


「……お呼びじゃねぇんだよ、威勢だけの三下はな」

 カッジーラの剣が一瞬でボイザンの首をね飛ばす。

 その光景に、文官や我が身可愛い大臣らが一斉に悲鳴をあげ、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。


「へっ、覚悟のねー奴ばっかだな、おい。せっかくのチャンスだろう? 剣の1本も手に取って、かかってくる奴はもう打ち止めかい?」

 まるで無人の野をいくがごとく、カッジーラは王宮内を走りだす。


 入り口ロビー、内政各部署の執務室が並ぶ廊下、対外応接室、官僚ひしめく事務室、果ては王宮衛兵の休憩所にまでみずから飛び込み、暴れ散らかす。




「(ふーん、たいした奴はいねーなぁ)」

 カッジーラはメチャクチャに暴れている―――ように見えて、実は計画的に移動していた。

 彼は、一味にとっての難敵となる人間が王国側にいるかどうかを、自ら確かめに走っている。

 加えて王宮の構造、様々な部署の位置関係、イザという時の避難口など、建物の詳細までもその目で確かめる。


 カッジーラはただの放任主義なかしらではない。むしろ超実戦・実地主義である。

 無論、事前に手下に調べさせはするが、それだけを鵜呑みにはしない。基本は自分の見聞き体験こそ絶対的かつ唯一信用にあたるものというのが、彼のポリシーだ。


「(……金の保管庫の位置も分かった。大臣ブタの隠し金の在処ありかもすぐに検討がつく……マジでなってねぇな、この国は)」

 賊の身でありながら心配になるレベル。

 カッジーラの目には、このファルマズィ=ヴァ=ハール王国は、ワダンと比べてあまりにも生ぬる過ぎた。





――――――ヴァリアスフローラの私邸。



「も、申し上げます! 王宮へと乗り込んだのは、カッジーラ本人で間違いない模様! ジャッフル馬管長、ノモノス調度管理主任、トンム警備主任が殺害され、ボイザン第三衛士長も返り討ちにあった模様! 現在、王宮衛兵が総力をあげて対応に当たっております!!」

 飛び込んできた兵士の報告に、あらかじめこちらに移動していたファルメジア王は驚愕した。王宮での被害に―――ではなく、カッジーラ襲撃を予見し、事前に避難を促したシャルーアに、だ。


「カッジーラの位置は分かると言っていたが、どうやらそれだけじゃあないみたいだな」

 ただ位置だけを把握しているのであれば、カッジーラが王宮に襲撃をかけるかどうかまでは分からないはずで、しかしその行動を読んだということは、シャルーアは何等かをカッジーラから感じたのだろうと、リュッグは推察した。


「それで、相手の数はいかほどか? 場合によっては治安維持部隊の兵を外より回させねばならぬ」

「それが……カッジーラ本人と思しき人物と、他は確認できているだけで僅か20名足らずです」

 その返答にファルメジア王は険しい顔をした。


 王宮は広く大きい。そこに詰めている衛兵だけでも、その数は200人以上。警備巡回や定位置の見張り番、ならびにローテーションで休息を取っている者も含めれば1000人は余裕でいる。


 にも関わらず、10分の1以下の襲撃者―――それも真正面から来た相手に遅れを取っているという事実は、一国の王としては無視できないものだった。


「そうなると、逆に対応の兵数を増やすのは危険だな。いくら王宮が広いとはいえ建物の中だ、数の優位は活かしにくい。むしろ手狭になれば、数の少ない相手の思う壺だろう」

 もちろん、そうなるには相手が相当な手練てだれである事が前提だ。そこらの賊程度なら数で押し込んでもいいが、危険を乗り越えた経験豊富な相手なら逆効果になる。




「(聞く限り、間違いなくカッジーラとやらは強者だろう。しかしなぜ王宮に乗り込んできたんだ?)」

 仮に好き放題暴れ、金目のモノを奪って逃走したとしても、確実に王宮からの追跡がつく。

 さすがにこの国の兵士もそこまで脇は甘くはない。アジトまで尾行されるのを振り切ることは難しくなる。


「(カッジーラにとっては、リスクが高すぎる話のはずだ。まぁアジトの方は既にこっちは掴んでいるわけだが……王宮に殴り込むことで相手が得るモノがあるとすると……)」

 一番考えられるのは、一味の士気高揚効果だろう。

 国家中枢たる王宮に親分が殴り込んだとなれば、連日負けがこんで士気が下がっている手下達には効果覿面てきめんだ。確実にやる気に火がつく。


「(後は、シンプルに金目的か……しかし今まで以上に目を付けられる事になる。いくら自分の腕に覚えがあったとしても、国1つを敵に回すことに―――……まてよ? 国1つを・・・・敵に回す……?)」

 リュッグはハタとある事に気付き、考え方を変える。


「(……もし、もしも国家を敵に回し、これを倒すとなった場合、賊が担える役割はなんだ? 答えはとても単純……王を殺害するための強行的な刺客!)」

 いわゆる鉄砲玉だ。

 元よりこの国の貴族大臣らの中には、王の地位を狙う不届き者もいた。そのために後宮に自分の企みを秘めさせた側妃を送り込もうとした貴族などもいた。

 (※「第282話 仕込み送られてきた知己」など参照)


 だがもっとずっと単純に、王の命に凶刃を突き立て、それを賊のせいにする―――リュッグは思わずファルメジア王を見た。



「(……大丈夫なのか、シャルーア?)」

 ヴァリアスフローラの私邸には、リュッグ達とファルメジア王、そして王の子を宿しているハルマヌークをはじめとした後宮の側妃たちが避難してきている。


 それもこれも、全てシャルーアの指示。


 つまりシャルーアは何となくであろうが感じ取り、予感していたのだろう。カッジーラが攻めて来ること、そしてその目的も。




 そして、そのシャルーアは今、後宮に残っていた。



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