第406話 かいくぐるは監視の目




―――翌朝、宿の前。


 リュッグは、カッジーラ一味の捕虜を馬車に押し込むとほろをキッチリと閉ざして準備を終えた。


 ちょうど他の宿に分かれて止まっていたルイファーン達の馬車やイクルド達も合流する。


「よし、まずは俺達が先行するから、ついてきてくれ」

「了解ですわ、リュッグさま!」

 ルイファーンが鼻息荒く答える。が、後方の馬車の御者台に座っているのはハヌラトムとザーイムンだ。


リーファさんルイファーンはなるべく顔を出さないようにお願いしますね。……よし、それじゃあ出ようか、ルッタ」

「うん。手綱……俺に、任せる。行先の指示は、たのむ」

 リュッグの隣には、大柄なルッタハーズィが座り、手綱を取った。

 ほろで閉ざした荷台には捕虜と、その見張り役にアンシージャムンとシャルーアが乗っている。

 ルイファーンらの馬車の荷台にはエルアトゥフとムシュラフュン、そしてルイファーンが、やはり幌で閉ざした荷台に乗っていた。



「(何だかんだで容姿の良さは目立つからな……シャルーアも行く先々でよく後ろ暗い社会の住人から目をつけられていたものだし、今後はそういう世界の事も教えていかないといけないかもしれないな)」

 美男美女は優れたステータスではあるが、同時に分かりやすく目立つ。良い目立ち方をしている分には本人にはプラスに働くものの、悪目立ちすれば大きなマイナスをもたらす。

 犯罪者の温床たる裏社会というものはどこにでも潜んでいるものであり、そうした目立つ人間というのは彼らに目をつけられやすい人種でもある。


 美人薄明―――目立つがゆえに、危険な実害をこうむりやすい。


 そうした危険な視線も理解し、対応できる知識や強さ、そしてたくましさは生きていく上では不可欠だ。




「(まぁ、今でも何とかできるとは思うが……これが過保護って奴なのか?)」

「リュッグさん、目的の建物、あそこ……か?」

 ルッタハーズィが手綱から片手を離して指さし聞く。リュッグは考え事を止め、確認した。


「ああ、間違いない。そうだ……が、何もなかったのが気にかかるな」

「? どういう事だ? 俺、分からない」

 大きな巨体に似合わず、クリンと頭を傾げるルッタハーズィの仕草。そのギャップが不思議なかわいさを醸し出す。


「治安が乱れている―――つまり、危険になっている町を、何の問題もなくすんなりと移動してこれたっていうのがちょっとな」

「あー、それなんだけどねー。こっち見てるヤツはずーっといたよ。でも結構離れてるカンジ」

 アンシージャムンが御者台に顔だけ出してそう告げて来る。



「本当か? ……だとすると、もしかしたら相手は慎重になっているのかもしれないな」

 仲間から連絡が途絶えた。昨日の今日だが、リュッグ達の荷馬車に押し込んでいる捕虜たちが、定期連絡か何かをよこさないのを不審に思い、行動を控えて往来する人間をチェックするのにとどめている―――だとしたら、カッジーラ一味とやらは相当にデキる賊集団だ。


「……二人とも覚えておくといい。こういう慎重になれる相手っていうのは手強いものだからな」

「その教え、俺、分かった」

「うん、何となく分かる。リュッグさんの言うこと……でもさ、それじゃこっち見てるの、どーするの??」

 アンシージャムンの危惧するところも分かる。こちらの行動や立ち寄った場所、入っていった建物などなど、すべて見られているという事だ。

 この馬車に、仲間であるコヒヨウ達が詰め込まれているとはさすがに思わないだろうが、時間が経つにつれ、音信不通になった仲間の足跡を辿れば、あるいは自分達に注意が向けられかねない。


 なので出来ればここで、出入りする建物を後々に特定されることは避けたい。



「まず1度、建物を素通りする。そこが目的地ではない、と思わせてな。その後、その “ 見ているやつ ” の死角になる場所で停車し、変装した何人かで、まず馬車の積み荷をあの建物に運ぶ。その後、時間を置き、馬車の装いを変えてから、別ルートであの建物に入る―――これでこっちの動きの特定は難しくなるはずだ。こういうやり口を攪乱かくらんすると言うんだ、覚えておくといい」

 思わず突発授業にはなったが策はきちんと説明し、理解した上で実行しないと失敗する。


 二人が理解したところで馬車をそのまま走らせ、後ろのルイファーンらにも続かせる。アンシージャムンに視線を察知してもらいながら、リュッグ達は連中の目が届かない場所まで移動した。




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 ……どこかの高い建物の一角。


「さっきの馬車の車列、結構向こうまで行ってしまったな。ここからじゃ視認できないが……一応行先を追うか?」

「構わないだろう。そこまで気を張る必要はない、何せ往来する馬車は多いからな。見えている範囲だけでいいさ」

 カッジーラ一味の物見は、それなりの獲物を見繕うべく、町中を眺めていた。それはこの王都に来てからずっと彼らが担っている役目である。

 比較的自由なカッジーラ一味にあって、彼らはあえて “ 目 ” となる事を望んだ。それはいかに各隊が好きにしていいとはいえ、そういう者がいなければどの隊も上手く仕事を完遂することはできない。情報はとても重要だ。


「コヒヨウ隊が連絡を絶ったっていうからな……さすがに一国の王都、いつまでも好き勝手させちゃくれないってとこだろうし、俺達も気取られない程度に注意した方がいい。見ようとし過ぎると、ボロが出ちまう」

「だな。まぁ、一番安全で楽で、各隊に情報と交換で分け前貰えるんだ、のんびりとやるか」

 気づかれてはいない。ただ、自分達は高いところにいるだけの一般人だ。



 そんな風を装いながらも、彼らは眼下に広がる街を眺める。行き交う人や馬車、物の様子をチェックしながら、良さげな標的の情報収集にのんびりつとめ続けた。


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