第386話 エル・ゲジャレーヴァ決戦の始まり



『あなた達は北の連中に向かいなさい。そしてそちらは南です』

 ヒュクロは、手下たちに満を持してと言わんばかりに、総攻撃の指示を下す。

 分担、作戦、手はずなどなど……これまでにない事細かな命令の仕方を受けて、手下たちもようやく本気で暴れ出すのかと、待ちわびたとばかりに応じる。


 ―――が、それでも一部は不満を持ったままだ。


『ンデ、アンタはドコを攻めンだヨ?』

 偉そうに命令してばかりのヒュクロに嫌気がさしている者は多い。それはヒュクロとてよく理解していた。

 だがそれは、彼にとっては最後のふるい分け選別である。


 すなわち、己に従う者とそうでない者……後者はここで切り捨てる。


『私は―――を、潰しましょう。その後、回り込んで後方から挟み撃ちにしますので』

 既にヒュクロ以下、手勢の数は1600少々しか残っていない。

 その内の一部を率いて、ヒュクロはある場所にみずから攻め込む意を言葉にして残った手下たちに示した。






 それから2時間ほど後――――――



「! 動き出したか?」

 グラヴァースが、北門に築かれた拠点に入り、高い位置から敵の様子を伺っていたその時、ちょうど異形の姿が多数、向かってくるのが遠目に見えた。


「総員、戦闘態勢! 敵が攻め寄せて来る! 各部署に通達、注意しろ!!」

 近づいてくる敵勢。数はぱっと見たところ700あるかどうか。


 これまでは多くても100そこそこだったのが、急に増えたことで、グラヴァースが言わずとも察し、兵士達はこれまで以上に緊張する。


「……敵の総攻撃、だな。どこかの段階で来るとは思っていたが!」

 言ってる傍から、最前線と突っ込んできた敵勢が衝突。かなり衝撃力があったのか、かすかに拠点全体が揺れる。


 一気に敵味方入り乱れ、激しい戦いへと状況は移り変わっていった。



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「! 来るぞ、今までより多い、全員気を引き締めろ!」

 リュッグが声を飛ばすと、兵士達は一瞬で武器を構え、敵の姿の確認に努めはじめた。


 南門拠点に向かってくる敵は、外壁上と下の2手で迫って来る―――数は500~600。


「これまでより多い、当たりが強いぞ、覚悟するんだ!」

 各所に一部兵力を割いたとはいえ、それでも南軍の兵数は後陣と合わせて4000を維持している。

 拠点も健在、加えてシャルーアの乳酒の毒による敵弱体化が顕著になっている今、攻め寄せる敵数が増えようと絶対的な脅威とは、もはや言えない。


「槍を構えー! 柄先は地面にしっかりとつけろ! 敵の方から串刺しにさせろ!!」

「弓矢は待て! 敵が突っ込んでからだ、先にナー様達の銃が火を吹く!」

「外壁上も固めろ! 軽歩兵を回せ、立ち回りに注意しろ!」


 あちこちで各小隊の長たちが声を張り上げ、開戦準備を万全にさせようと指示を飛ばしている。


 リュッグも、迫る敵の様子から強い戦意を感じとる。


「今度の敵はこれまで以上に本気だ、こちらに有利に傾きつつあるとはいえ油断はするな。みんな、今一度心の中で自分を諫め直せ! でないと死ぬぞ!!」

「「「おう!!」」」



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「! あれは……敵だ! ―――敵襲、敵襲ーっ!!」

 破棄されたグラヴァース軍の東本陣跡に、ヒュクロの手勢が砂煙を巻き上げながら迫る。


 見張りが声を張り上げ、陣地の立て直し作業の合間の休憩を取っていた兵たちが、一斉に立ち上がった。


「敵の数は? いかほどですの!?」

 ルイファーンも自分の天幕から飛び出し、そこにハヌラトムも合流する。


「まだわかりません。ですがこちらも軍の兵士が混じっての1300です。よほどの戦力差でない限り負けはしますまい」

 しかも立て直し中とはいえ、陣地の防柵や空堀などは先んじて完成済み。加えて敵は、毒酒がまわり弱っているという情報も入っている。


 彼女がいかに素人とはいえ、グラヴァース軍の正規兵にハヌラトムという支えがあるこの状況なら、相当な数が押し寄せてこない限りは容易く蹴散らされはしないだろう。


 それでもルイファーンは、油断なく声を張り上げる。


「敵の情報収集に努めさせなさい。特に数と内容は、分かり次第すぐにお伝えなさい」



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 ヒュクロ側の総攻撃開始で、各所で一気に激しい戦闘が行われていく中、エル・ゲジャレーヴァ西のメサイヤ達のところは、なんとも静かなものだった。


「それで、戦況は?」

「へい、報告によりやすと北、南、東がドンパチおっぱじまってるようさぁ。敵の親玉の居場所は……まだわからないようですね」

 一家の下っ端の報告を受け、メサイヤは軽く後頭部をかく。その、少し納得いかないような素振りに、アンシージャムンとエルアトゥフと交代で入ったザーイムンが、首をかしげながら問う。


「……何か、おかしなことがあるのか?」

「うむ。敵の頭数も残り少ないゆえ、こういう場合は本来、一点集中突破か、もしくは全方位に戦力を差し向けるかのどちらかだ、方策として取る戦法としてはな」

 しかし、この西方には敵の気配がこれっぽっちもない。そこをメサイヤはいぶかしく思っていた。


「まぁ、敵の首魁がいるという場所よりここは一番遠い。あるいは差し向けられている敵が、まだこの近くまで来ていないという可能性もあるが……」

 そう言ってメサイヤはザーイムンを見た。


 メサイヤもそれなりに気配には鋭敏な方だと自負してはいるが、より優れたセンスを持つタッカ・ミミクルィゾン真似をする怪人であるザーイムンすら、まだ敵の気配を感じていない様子。


 それはつまり、この西の仮設陣からそれなりの距離にさえも敵がまだいないという証拠だ。



「……敵の残りが少ないのなら、こちらに回すだけの数がいなかったのでは?」

 もちろんザーイムンの言う通りの可能性もある。

 しかしながら、ヒュクロは力押しよりも小賢しいタイプの人間だったと聞いている。

 バケモノ化して性格まですっかり豹変しているのならばともかく、そうでないとしたら?


「……こちらは平穏とはいえ、念のためだ。警戒は怠らないようにしておくぞ。ザーイムンよ、もし少しでも何か感じるものがあれば、すぐに言ってくれ」

「わかった、気をつけていよう」



 北にはルッタハーズィが、南にはアンシージャムンとエルアトゥフが、そして東には南にいたムシュラフュンが物資輸送の護衛を兼ねて移動したと聞いている。


 強力なタッカ・ミミクルィゾン真似をする怪人らが各陣に上手く散っている恰好だ。

 メサイヤは万が一はないと思いたいものの、何となく気持ちの悪い空気を感じていた。



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