第387話 後方へとすり抜けた気配
「……」
エル・ゲジャレーヴァ南門拠点で兵士治療の手伝いをしていたシャルーアが、急に動きを止め、あらぬ方角を見る。
「? どうしたー、シャルーア?」
やや高い位置を、兵に配る戦場食を持って移動していたリュッグは、様子がおかしい事に気付き、シャルーアに呼び掛けた。
「……リュッグ様、少し気になる事があります。後陣に移動してもよろしいでしょうか?」
「あ、ああ、それは構わないが……そうだな、念のため、アンシージャムンかエルアトゥフ、どちらか片方を連れて行くんだ」
「はい、かしこまりました。それでは……エルアトゥフ、こちらに来てください」
「! はいっ、かかさまっ」
込み入った拠点内を、まるで無人の野を行くかのように軽やかに跳びはねながらシャルーアの元へとやってくるエルアトゥフ。
戦利品のアルハシムの大振りなシミターの扱いにも慣れてきたようで、兵士達の間を縫うように移動しても、周囲に引っかけたりせずにとてもスマートな身のこなしを見せた。
「ムーさんのいる後陣に向かいますので、ついてきてくださいね」
「はい、お供します!」
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南門の拠点を出て、後方1km地点にムーのいる後陣がある。
だが、シャルーアはそこに急いで向かうというよりは、間の道中を注意深く移動していた。
しかもその進路は真っすぐではなく、ウロウロと左右に曲がりくねった道筋を歩く。
「シャルーア様、何かお探しで??」
南門拠点から連れ立ってきた兵士20名。そのうちの一人、カルプマブは邪魔をしないようにタイミングを見計らって聞く。
「……はい、少し……いえ、とても見過ごせない動きが……感じられるのですが……」
しかし何かハッキリとしないと言わんばかり。
シャルーアはところどころで立ち止まっては、周囲をキョロキョロと見回し、また移動するを繰り返していた。
「……エルアトゥフは、何か感じてはいませんか?」
「あ、もしかしてかかさま、
エルアトゥフは、シャルーアに対する信奉性が強いコだ。
なので既に感じ取っていたソレを報告するよりも、じっと邪魔をしないように控えることに徹してしまっていた。
他の兄弟姉妹に比べ、その辺りの自発性がやや弱い部分と相手の行動の邪魔にならないようにと気遣う優しさは美徳だが、連携という意味では時に自分から気になる点などを積極的に発するという、臨機応変さに欠けている。
だが、シャルーアはその事を
すでにエルアトゥフも、立派なイチ個体として成長と独自性を持った進化を遂げた生命だ。
機転不足は欠点ではなく、彼女という存在を形成する一部―――直す必要があるかどうかを決めるのは本人であり、その事を尊重すべきでもあるのだから。
「はい。何か分かりますか? 先ほどから近いとは思うのですけれど、どこにもそれらしいものが見当たらず、少し困っています」
「かかさま、見えないのは当然だと思います。この気配は……うん、間違いないです、地面の下を移動していますよ」
最初にこの気配の移動を感じたのは、南門拠点の高台に登って戦場というものをその目で見ていた時だった。
ハッキリと感じにくいそれを、奇妙には思っていたものの、戦場にはたくさんのヨゥイ化した元囚人達がいるからと、最初はさほど注意深く捉えようとはしなかった。
が、その気配の移動は、あきらかに南門拠点のある場所を越え、後方に向かって通り過ぎたのを、感じ取り、その動きのおかしさはさすがに無視する事はできなかった。
そして、ふと気づく―――自分が敵の親玉であるヒュクロだと思われる気配を感じていた方向に、それが感じられなくなっていることを。
「……兵士の皆さん、申し訳ありませんがここからは武器を持ってついて来て下さい、急に戦闘になるかもしれません」
「「!! はいっ」」
地面の下を移動する気配。そして戦闘態勢でそれを追跡する―――その2点だけで、その気配の正体が敵であると察するのは簡単だ。
兵士達に緊張感が宿る。
「この移動の方向……それに、この感じる “ 意 ” は……」
アムトゥラミュクムの教えを受け、一族の力を自覚し、されど修練中の身であるシャルーアは、地中を移動する者の思惑を大まかな意として感じとる。
細やかなことまではさすがに読み取れるわけではないが、相手のたくらんでいる事の方向性を、ざっくりとアバウトに感覚的なものとして知覚できる。
それと向かっている先を考えた時、自然とその狙いが理解できた。
「……兵士の皆さんは、このまま同じ速度で後陣に向かってください。もし地中から敵が現れた場合、戦闘はせずに逃げてください。エルアトゥフ、私を連れて後陣に先回り……できますか?」
「! はい、できます、かかさま! 任せてくださいっ」
嬉々として応えるエルアトゥフは、シャルーアを抱っこし、砂を蹴る。
シャルーアとエルアトゥフは先回り、そして兵士達は後ろから追う―――砂中を移動する敵を、その目的地で挟み撃ちにする算段だ。
「(相手が狙っているのは、ムーさん!)」
グラヴァースの妻であり、その子を身籠っているムー。確保できたならば、この戦場においてこれ以上の人質はいない。
エルアトゥフのおかげで先回りは容易くできたものの、迫る敵を迎え撃つための十全な準備をする時間はない。
後陣に到着するや否や、シャルーア達はムーと合流してすぐ、交わす言葉もほどほどに、できる限りの準備をせんと、迎撃準備を開始した。
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