第383話 丸薬摂取の多少の差




 密かに再起をはからんとしていたアルハシムは、シャルーアによって滅された。



 だがそれは逆に、敵はカラダを両断されてもなお生き延び、かつある程度の行動が可能だったという事を証明する出来事であった。





「あの状態で生きていたとはな……」

 シャルーアの指示を受けたザーイムンは、アルハシムの移動してきた経路をたどり、その被害が他に及んでいないか調査に走った。結果、メサイヤ達に合流し、事情を話す。


「残ったカラダの肉を無理矢理に伸ばし、失った手足の代わりにして蠢いていた。かなり気持ちの悪い奴だったが、ママが完全に倒したよ」

「おぉー、さっすがママー。やっるーぅ」

「かかさま、素敵……です。私もかかさまのご勇姿を見たかったです」

 タッカ・ミミクルィゾン真似をする怪人たちは軽く興奮気味だ。母と慕う者の活躍―――やはり嬉しいのだろう。



「(お嬢様……ご立派になられて)」

 メサイヤは思わず感傷的になりかけるが、すぐに気を引き締め直した。


 アルハシムが上下に引き裂かれた状態でも生きていたのなら、他の魔物化した元囚人らも、倒したつもりが実は生きているという可能性が出てくる。


「部下に敵の死骸を調査させる。それと捕虜にも話を聞かねばならんな」



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 アンシージャムンとエルアトゥフが捕えた敵の捕虜、フェブラーは思いのほか大人しくしていた。


『まダ何か知りテェのか? つーテも知っテる事は全部話しタつもりダゼ、むシロひねり出シまくっタくれェダゾ』

 メサイヤ達の訪問を受けて、縛られたまま寝転がっていたのを、器用にあぐらをかいた座り位置まで身を起こすフェブラー。


 大あくびを一つかいてから、あらためて訪ねて来たメサイヤ達を見た。


「単刀直入に聞く。お前は身体を真っ二つにされても生き延びられるか?」

 いきなり物騒な言葉を投げかけられ、フェブラーは思わず目を丸くした。


『ハ? ……なんダなンだ、ここにキテ、ヤッぱオレを殺す気かヨ?』

 だがメサイヤからは殺気を感じない。その後ろにいるおっかない姉妹も、殺気の類は何も発していなかった。


「アルハシムは知っているな。ヤツの身体を上下に切り裂き、倒した……が、その状態でもヤツは生きて行動していた事が分かった」

『! ……あーナ、ソーユーことカ』

 自分に何を聞きたいのか理解したフェブラーは、ゴキゴキと鳴らすように両肩を軽く動かす。面倒くさそうにだれると、ゆっくりと口を開いた。


『一応、先に言っとクとダ、オレはンな事ァできネェゼ。ッテいうか、ほとんどのヤツらはタぶんデきネェはずダ』

「真っ二つにされて生きていられる者は限られる、と?」

 メサイヤの問いを頷いて肯定する。


『アア、そうダ。だいタい、人間をヤめちまッタ……アー、なんつータらイイんダろーナ、 “ 深さ ” ? “ 深度 ” ? とにかク度合イが深ェヤツほど・・・・・・、バケモノじみタ真似がデキやがんダヨ、魔物化のヨ』

 



 ―――曰く、フェブラーによると、あの大監獄でヒュクロは、怪しげな丸薬を囚人たちに与えた。


 それが魔物化する薬だったわけだが、生憎あいにくとヒュクロ自身が持ち得ていた数はそう多くはなかった。また怪しい薬を口にすることに囚人たちに抵抗感もあって、大半の者は丸薬のほんのちょこっとを千切り飲んだのだという。


「(……確かに、万を数える大監獄の囚人すべてに与えられる量など、収監される際にバレる。なればヒュクロが大監獄に持ち込んだ量はかなり限られていたはずだ)」

 だが、中には豪気な者もいただろう。丸々1個を怖れることなく口に放り込んだ者もいたはずだ。

 その丸薬の摂取量の多寡たかによって、魔物化の “ 深さ ” とやらが決まるというのであれば……


『オレは見ちゃイネェが、アルハシムの野郎は間違いナク、丸々1個飲んでタダろうナ。ケド、オレの場合、あの丸薬の表面を爪で軽くこすっテ出タ粉程度シか飲んデねぇデ、コレ・・だゼ。丸々1個飲んダ奴がどんダけか……マァ、真っ二つにされテも生きてたッテ、驚キャしネェわナ』

 





 その情報は衝撃的と言わざるを得ない。


 人を魔物化する薬が存在するというのも驚きだが、摂取量によってはより危険度の高い個体になっているというのは……


「まず間違いなく、敵の首魁のヒュクロは、最も多くを摂取していると見るべきであろう。この情報、お嬢様に伝えねばならんな」

「あ、じゃあハイハイハーイ! それ、アタシらが行くー☆」

 アンシージャムンが元気よく手をあげる。もう片手でエルアトゥフの手を掴み、一緒に上げていた。


「なら、俺と交代という形を取ろう。アンシー、エルア、ママの方を頼むぞ」

 この辺りはさすがの長男だ。妹達を気遣い、母のそばゆずる姿勢は、よくできた兄として満点だろう。




「あ、ありがとうザーイ。じゃあメサイヤさん、せっかくですから何人かケガした人も一緒に、私たちがあちらへと運びます」

 エルアトゥフの提案に、メサイヤは部下パームイルの言葉を思い出す。

 この西の仮陣地の物資設備では、このままだと何人か危険な者もいる、と。


「……なら言葉に甘えよう。同時に、南軍の兵をいくらか回し、医療品や薬の類を持ってきてもらえないかと伝えてくれるとありがたい」

「分かりました、キチンとかかさまにお伝えします」

 シャルーアによく似た、一歩大人にしたような容姿をしているエルアトゥフ。

 話していると、何とも不思議な気分になるが、同時にまだどこか幼い部分もあるのがやや心配になる。


 アンシージャムンが一緒にいるので問題はないだろうがメサイヤは、どうにも彼女に一抹の不安を覚えずにはいられなかった。



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