凝縮した野心は太陽に焼かれて
第381話 王は従順なる愚民を選ぶ
『……フム』
各所の戦況を把握しながらも、ヒュクロは意外と平静だった。
ハッキリ言って完全に劣勢であり、戦略的にはもう勝敗は決したと言うべき状態だ。
しかし、ヒュクロにとってそもそもからこの場での勝敗はさほど重要ではない。
『(頭数は残り1500……いえ、1600はまだありますか)』
無論、勝つ気で戦っていた。そこは間違いなく、勝てればなお良しであった。
ただ勝利は勝利で、それはそれで少し面倒もある。手下が調子に乗り過ぎるのと、王国に注目され過ぎることになるからだ。
そうなった場合、今後の身動きが取りづらくなるので、展開としては芳しくはない。
『(手綱を取りにくそうな者はほどほどに間引けましたし、そろそろ動きを変えていく頃合、ですか……)』
理想は1000程度。組織として取り回しやすいのはそのくらいが限度だ。
何せ魔物化した元囚人たちは、まともな理知性や常識といったものには期待できない。
今後、事を大きくしていくにあたり、自分に従順でない者や粗忽な者は邪魔になるだけだ。
しかもなまじ個体として強い力を持っているだけに、排除も面倒―――この戦場は、グラヴァース軍という敵の存在のおかげで、多すぎる手札を削るには容易い環境であった。
……もちろん、ヒュクロとて最初から手下どもを切り捨てるつもりだったわけではない。
大監獄を脱し、まず事を起こすにあたっては、荒くれた者達のその戦力と欲望、そして良心の呵責なき暴れっぷりは必要不可欠なものだった。
しかしエル・ゲジャレーヴァを壊滅させ、制圧したその後、増長気味の元囚人1万という数は、継続的に制御してゆくことは不可能であり、やがては自分の命令など聞かなくなるであろう事は、明らかだった。
そこでヒュクロは、手下どもが強奪した酒に酔いしれた時、手下の数をもっと大幅に、思い切って削ってしまおうと、自分の中で確定させた。
『(いう事を聞かない、足手まといの味方は戦力にならないだけでなく、邪魔にもなりますからねぇ……クク)』
ヒュクロは自分でも気が付いていた。魔物化し、時間が経過していくにつれて考え方の性質もまた、人ならざるものに寄って行っていることを。
だが、それは素晴らしいことだった。彼のように、元が頭の良い人間にとっては、容易く仲間を切ってしまうという選択が出来る思考というのは、未練やしがらみに捕らわれないがゆえに、淀みなくその頭脳を回転させ続けられる。
『……誰か、アルハシムらが帰って来たかご存知ですか?』
『? そーいや、アイツら帰っテこねぇナ?』
『1人もナ。フェブラーとかも姿を見ネぇ……ドコいっタんダァ?』
手下たちの反応に、ヒュクロは口元を笑ませる。
特に戦いたがる者を中心に、勝手に前線へと出ていく者達は少なくない。そういった者は、そのまま敵にやられてしまうので、むしろ好都合だ。
何せ一番手綱を取りづらいのは、そんな好戦的な輩―――それが出撃して帰ってこないということは、ほぼ確実にやられたという事だろう。
『(必然、残るのは比較的御しやすい者……もう一息、というところですね)』
より優れた手下はもちろん重要だ。組織の戦力になるから。
しかし、いかに優れていようとも言う事を聞かないならば、意味がない。
―――武功の勇者を殺すのは
上に立つ者にとって、従える者は愚民である方が御しやすい。いつの時代も、1人の英雄よりも1000の
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北門と南門を制圧され、ヒュクロらは東門付近を拠点に小競り合いを続ける。
もう脱出しても良い頃合だが、いかに多少は自分の言う事を聞く者が残ったとはいえ、このまま逃げを打っても手下たちはついて来ない。
『(どこかに総攻撃を仕掛け、敵を抜いてそのまま脱出する流れが理想ですね)』
最低でも敵軍に大打撃を与え、一矢報いる姿勢と成果を上げなければ、ヒュクロは上に立つ者として認められない。愛想をつかして離脱者が続出してしまう。
加えて脱出するにしても、目指す展望を示す必要がある。
何せ手下たちからすればエル・ゲジャレーヴァという拠点を放棄するも同じだ。いかに自分達が強力な力を得たとはいえ、身を寄せる場がないとなるのはよろしくない。更に明確な目標を示す必要もあるだろう。
ヒュクロ自身は国家転覆が最終目標ではあるが、それをいきなりぶち上げたとしても、1万の頭数が1000台まで減ったばかりで語ったところで夢想だ。
当初の予定よりもグラヴァース軍が粘り、こちらにダメージを与えてきたことからヒュクロが考えていた計画の変更を余儀なくされた格好。
それならそれで、グラヴァース軍に蹴散らされた
『(いいですねぇ……私はまだまだ冴えている、フフフ)』
魔物化によって手に入れた強さを考えれば、そこらの村は手下の数体で滅することが出来るだろう。ちょっと大きめの町でも100もいれば攻め滅ぼすことは十分に可能だ。
拠点の確保に関してはさほど難しくはないし、元が犯罪者どもなだけに当面は懐をあったかくするとして、賊仕事に従事させるというのもアリだ。
ヒュクロは新たな絵図を描きだす。
グラヴァース軍を滅し、更に王国の軍を王都から引き出して削っていき、王都を丸裸にした上で王宮をスピード制圧―――という当初の計画は難しくなったものの、逆に手下が減り、集団としては取り回しのしやすい規模にスマート化したと思えば悪くない。
何せ手下1体に対し、王国の正規軍の兵は10人1組でかからねばまともにやり合えないのだ。1000の頭数に減ったといえど1万の兵力に匹敵する戦力がある。十分に野望に向けて進み続けることが可能だ。
未来は変わらず明るい―――ヒュクロはそう信じて止まなかった。
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