第378話 西部戦線に異常あり
アンシージャムンとエルアトゥフが、フェブラーを生け捕りにして帰って来た事を受け、メサイヤは簡易拠点を築くことにした。
理由は単純に、捕虜を北にしろ南にしろ味方の陣に連れ帰るのはあまり得策ではないと感じたからだ。
「(ただの人間であればそのまま撤収すればよいが、魔物化した囚人は逃げに全力を投じられた場合、抑えられない可能性が高いからな……)」
こちらの主力の陣地情報を得てまんまと逃げられる、なんていう展開は絶対に避けなくてはいけない。
もし、フェブラーが全力で逃げ出した場合、これを捉えられるのはアンシージャムンとエルアトゥフだけ。しかも二人はその場合、取り押さえるよりも殺してしまう可能性がある。
もちろん敵に情報が渡るよりかはマシではあるが、せっかく捕えたのだ。できる限り敵側の情報を引き出したい貴重な情報源。
加えて西側をフリーにしてしまうと、それこそ敵の逃げ道が空いている事になる。
フェブラーが数名をつれて脱走しようとした事実がある以上、敵側にてさらなる脱走者が出る可能性は高い。
「(明らかに逃がしてはならない
完璧に食い止めるのは難しくとも、逃げ出す敵の動きを捉えるくらいの備えは必要。
メサイヤは動ける者に指示して、エル・ゲジャレーヴァの西部端、崩れた外壁部分を中心に簡易拠点の構築作業を急がせた。
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エル・ゲジャレーヴァ西の外壁外。
簡易拠点を築くにあたり、先に設営された後陣の
「おっしゃ、お前さんはこれで大丈夫だぜ、安心しなよ」
パームイルが緊急性の高い重傷者を中心に治療に当たっている。元々500名程度のメサイヤ一家手勢ゆえ、数はそう多いわけではない。
加えてアルハシムらと戦ったアワバ達の中にそれなりに死者も出た。
作戦を完遂し、生還したのは500人中420ほどで、そのうち重傷者は70人程度と、そこまで多いわけではない。
しかし、メサイヤ一家においてまともな治療が出来る人数がそもそも少ない。簡単な処置なら2ケタはいるが、重傷者を生かせるほどともなると、パームイルただ一人しかそれに足る医療技術と知識を持っていなかった。
「(メサイヤ親分の采配の上手さと強さのおかげで、今までこんないっぺんに重傷者が出たことなんざなかったが……)」
多忙を極める中、ふと少し前にメサイヤがもらしていた言葉がパームイルの脳裏をよぎる。
『パームイル、お前程とまではいかずとも、より医療に詳しい者を増やす事はできんものか?』
その時はさほど深く考えず、それなりのレベルとなれば専門的な学びが必要で時間がかかるし、難しい勉強に精を出すような仲間はなかなかいないと、一笑に伏す感覚で断った。
「(……けど親分は見越してたんだ、こういう事が起こるかもしれねぇと)」
実際メサイヤはファーベイナの町との和解以降、活動の幅を広げ、それまでの魔物退治だけに留まらないレベルの活動へと、一家を導くことを模索していた。
本来、真面目な性格であったメサイヤである。
活躍の場を広げ、内容も変わっていけばいずれは大規模な戦闘にも
パームイルくらいしか対応できる者のいない一家の状況を真剣に憂いていたのだ。
「(さすが親分……かなわねぇや)」
怪我人の処置を続けつつ、今回の件が終わったら、一家の仲間から見どころある者を見出して教えてみるかと、パームイルは反省の自嘲をその口元に浮かべた。
――――――その頃、メサイヤ達と外の後陣の周囲を分担して見回り、さらなる敵影を探していたアンシージャムンとエルアトゥフが、まだ崩れていない外壁の一部の上に、それぞれ反対方向から飛び乗ってきて合流した。
「そっちはどーだったー、エルアー?」
「近くには全然……その様子だとアンシーの方も?」
「なーんにもなし。野良の魔物の1匹でもいたら手土産に狩ってきたんだけどねー」
基本、強者である
仮に敵と不意遭遇したとしても、まず負けることはないし、やられる事もないだろう。
自分と敵の力量に差があることをハッキリと理解しているだけに、二人とも気楽な様子だ。
「敵がいないならそれにこしたことないよアンシー。一度帰ろう、捕虜がどうなったかも気になるし」
「むしろそっちの方が心配だよねー。まー、逃げられてたら気配が動くし、すぐに分かる―――……ッ」
刹那、言葉を途中で切ったアンシージャムンが外壁上から飛び降りる。
何事かと思い、エルアトゥフも追いかけると……
「……いない」
アンシージャムンは着地した場所にしゃがみこんで、そうポツリとつぶやいた。
「? 何がいないの??」
「アイツ。ほら、エルアが持ってるその剣の持ち主のヤツ。アイツの気配がさ、どっかで今、
「!」
見れば、アンシージャムンがしゃがんでいるところは、あのアルハシムとかいう敵の強かった剣士の死体が転がっていた場所だ。
エルアトゥフは周囲を見回す。だが、真っ二つになった下半身と思われる部分はすぐに見つかったものの、上半身側がどこにも見当たらない。
「……生きてた、って事かな?」
「さすがにそれは分かんない。もしかしたら、誰か他のが運んでるセンもあるけど……さっき、動いた気配を感じたのは間違いないから」
アンシージャムンの気配を探る能力は一級品だ。これから逃れられる生き物がいるならお目にかかりたいというほど、そのセンサーは優れている。
しかし残念ながら今は気配を押し殺しているのか、感じたのは一瞬だけであり、あまりに一瞬すぎて位置の把握には至れなかった。
いつもとは違う、至極真面目な表情を浮かべながら、アンシージャムンは周囲の瓦礫にまみれたフィールドを、まるで透かして見るかのような鋭い視線で、しばらく見回し続けた。
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