第366話 敵をあざむくためのセンス




『もぬけの殻ダ!』

『誰もいなイ、物もナイゾ』

『奴ラ、陣地ヲ捨てタのカ??』


 ヒュクロは、立て直した兵を率いてエル・ゲジャレーヴァからうって出た。

 その数およそ1300少々。

 500ほどは東門を固めて退路確保しつつ、直々に指揮をとってグラヴァース軍の拠点たる陣地を強襲し、これを潰すことでグラヴァース軍全体に寄る辺を喪失するという動揺を与えようとしたのだ。


『どういう事です? ……陣地を捨てるなど、ありえない事です』

 愕然とするヒュクロ。

 何より人どころか物資もない。グラヴァースの身重の妻であるムーを捕らえることで人質にする算段など、この一手で何重にも効果が見込めると考えていた彼は、自分の狙いを完璧にかわされてしまった現実に、思わず茫然としてしまった。




―――リュッグが選択したのは4つ目のパターン。


「まさかの全部・・を移動させると言い出して、ビックリした」

 敵の追撃に備えて殿しんがりをつとめる小隊の中、ザーイムンが後方を警戒しながらも、リュッグに驚きを伝える。


「フフッ、覚えておくといいぞ、ザーイ。計略っていうものは、相手が思いもよらないような想定外を考え、実行に移すものだってな」

 実はこういう事は、頭の良い天才の頭脳ではなく、悪戯上手な悪ガキの思考にこそ妙味がある。


 必要なのは最低限のオツムと相手を驚かせ、手玉に取るセンスの良さだ。



「防備をかためてあったとはいえ、所詮、柵と砂混じりの土豪が守りかなめでは、陣地の拠点としての有効度はたかが知れている。固執したところで、こちらの死傷者が増えるだけのジリ貧……それならば、南のシャルーア達に合流し、新たに陣地を築きつつ、橋頭保を固める方が有効、というワケだ」


 既に移動部隊は2手に分れ、一部は南門から南へ2kmの地点に向かわせている。そちらに新たな陣地が築かれる予定だ。


「面白い……考えなければならない事が多いが、なんだか楽しいな、リュッグ殿」

「そう思えるなら、ザーイにもそういう才があるのだろうな。……まぁ経験が足りないと安易に智に頼るのは危険でもあるが、それはさておき……」

 リュッグも後ろの方を注視する。


 荷馬車を引く軍馬にパワーがあるおかげで、砂地でも相応の速度で移動できているとはいえ、敵には魔物化したその強靭な身体能力がある。

 こちらの動きに気付いて、追いかけて来る可能性は十分にあった。



「! リュッグ殿、やっぱり来たみたいだ。距離はあるけど、距離を詰めてくる影が見える」

 さすがタッカ・ミミクルィゾン真似をする怪人。その視力は並みではない。

 リュッグにはまだ砂粒ほども見えない内から、敵の姿を捉える。


「数は分かるか!?」

「10……30……、……たぶん50くらいだと思う。砂煙が凄く小さい」

「その数……俺達が北と南のどちらかに移動したと見て、斥候部隊を出したってところか。加えてこちらが合流した先に強襲し、かき乱すことも命じられていそうだ」

 今のリュッグ達にとっては、とてもうっとおしい数だ。


 殿しんがりの小隊はリュッグとザーイムンを含めて体力の余っている兵士が100人ちょっと。

 ザーイムンがいるので敵数が50なら遅れは取らない。

 だが南門まではまだ少し距離がある。ここで食い止めると、敵の報告がヒュクロ率いる本隊に入るまでの時間が短い。


 理想はその50を全員屠り、1体たりとも帰さないことだが……


「どうする、リュッグ殿?」

「理想はもう少し引き付けてからの迎撃だ。ザーイ、50体の追撃を1体も逃すことなく潰す―――できると思うか?」

 問われたザーイムンは、少しだけ戸惑った。


 いかにザーイムンが強かろうと、敵を1体も逃さずに倒しきるのは簡単ではない。

 これが20か30なら、彼の瞬発力が敵の逃げぬ間に追いつき、倒しきれるだろうが……


「それは難しい。まともにやりあっても、俺は1匹も逃さない自信は持てないと思う」

「うん、正直だな。ならまともにやり合わずに・・・・・・・・・・迎え撃つとしようか」

「ん?? それはどういう事なんだ???」



  ・


  ・


  ・


『見ろ、車輪のあとダ』

『タくさんアルゾ、足跡もダ』

『どうヤラ、南の連中と合流しにイッタのデ間違いナさそうダナ』

 砂混じりの風がすぐに消してしまうため、それなりに距離が近づかなければ見つけられない痕跡に、追撃してきた彼らは標的が近いことを確信する。


『ドウする? ヒュクロのヤツに誰か伝えにイクか?』

『後でイイだロ。この中に、大量の獲物・・・・・がアるのヲ知っテて、引き返シたい奴はイネーヨ』

 そう、敵は陣地を放棄して移動したのだ。兵士だけでなく多くの ″ 物資 ” を伴っている。

 先日の酒で味をしめた彼らは、その物資を仲間の誰よりも多くせしめたいという欲望にかられていた。

 (※「第351話 飲まれ、蝕まれる酒」あたり参照)



『ヨシ、適当に殴り込んデ奪うモノ奪っテ、それかラ引き返ス……っテ感じでドーダ?』

『へへ、異議ナーシ』

『同じク。酒があるとイイナァ……ジュルリ』


 欲が自然と、彼らの走るその両脚の動きを早めさせる。

 追いかける敵はただでさえ多くの物資を伴っているのだ。移動速度は早くはないはず―――などと考えていると、先頭を走る者が何かを見つけた。


『見ろ! ナニカ落ちテいルゾ!』

 それは複数の荷箱だった。


 乱雑かつ、重さから僅かに底が砂に埋もれている木箱が12箱と麻袋が8包ほど。


 落ちている様相からして、荷馬車から落下したものの、足を止めないためにそのまま捨て置いて行ったような感じだった。



『へへ、コレはラッキーじゃあネェカ? ワザワザ追いかけなくテもヨォ、コレ持って帰リャあイイ』

 一人がそう言うと、確かにと全員が頷いた。

 実入りがあった以上、このまま追いかけて少数で敵にちょっかいかけるのもバカらしい。

 ここにいる50人で山分けを約束し、他の連中に分からないところに隠した上で戻ればいい。


 しかも、敵が南と合流しようとしているのは移動の痕跡から明らか―――わざわざ追いかけて行く必要もなし。


 そして速くなった走行スピードをゆるめ、50人全員がその落下物にたむろし始める。




「よし、今だ、引いてくれ」

 ……全員が木箱や麻袋を開けようと群がったのを見て、リュッグは合図を出す。


 グイッ……―――バァッン!!



『『『!!?』』』

 箱や麻袋が爆発。しかし炎は少なく、強い衝撃波が広がり、50人はその態勢を大きく崩されながら辺りに吹っ飛んで散らばった。


「今だ!」

 ザーイムンが砂の中から飛び出し、最高の瞬発力でもって、比較的態勢の立て直しが容易そうな者から攻撃を加えていき、1拍遅れてリュッグと殿しんがり部隊の兵士達100名が砂中から飛び出て敵を囲い、攻撃してゆく。




 戦闘時間は10分にも満たない。いかに強靭な魔物の身体といえど、一切警戒していなかったところに崩された態勢だ。

 50体の追撃者達は、逃走も反撃もままならないままに、1体残らず倒されていった。




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