第367話 グラヴァース南軍は整え中
「それじゃ、追手はすべて倒したんだー?」
「ああ、放った連中が帰ってこないことで相手もすぐに気付くだろうがな。とはいえだ、こちらは合流した分、数を増してこの南門付近を固めつつある……敵の残りを考えても、そうすぐに攻めてくる事はできないだろう」
リュッグはナーと話ながら、忙しなく橋頭保を整備している工務兵の状況を見回した。
実際、この南門近辺はエル・ゲジャレーヴァの外壁から切り離されるように改修されつつあり、独立した拠点化するような方向で工務が進められている。
「今、この南には合わせて1万はいる。対してあちらの残数は2500あるかどうかだ……いくら今まで、こっちが10人1組で1体に対応してきたとはいえ、兵の数という分かりやすい数字は、無視できないはずだ」
「しかもー、こっちは守りを固めてるしねー。順調順調~☆」
ナーはケラケラと笑うが、リュッグはそこまで楽観的にはなれなかった。
確かにエル・ゲジャレーヴァ南を抜き、橋頭保を築きつつある上に、敵の数も大きく削れた。
だが追手を殲滅するにあたり、なけなしの
さらに東の陣地を放棄したので、北を攻めているグラヴァース達との連絡が取り合いにくくなるなど、マイナスも少なくない。
「せめて補給だな。南を確保した分、今までよりかは安全かつ確実に補給は出来ると思いたいが……」
「まだ油断はできないねー。……そういえば、シャルちんの毒が回ってるはずでしょー? 敵の手応えはどんな感じ?」
確かに、シャルーアのおかげで作られた、連中には毒性をもたらすという酒は、あちらに飲まれたはずだ。
(※「第351話 飲まれ、蝕まれる酒」あたり参照)
「実際、以前よりも弱体化してはいるようだ。ずっと戦い続けている兵達も、相手の動きに今までほどの冴えが見られないと話していたしな。……ただ、それでもだと言わざるを得ないな。ヨゥイ化した人間がここまで強力だとは思わなかったよ」
何せ3500の兵を預かったリュッグとザーイムンだったが、それでもこの南に合流した時には、その数は2000強と重軽傷者数が600人という状態だった。
被害数で言えば、確かに以前よりかはマシになっているらしいが、それでも決定的に楽に勝てるほど相手が弱ったわけではない。
「そっかー、……まだまだ油断はできないってことだね」
「そうなるな。ヒュクロが次にどういう動きに出るか次第だが、まだゆっくりできる時間取れなさそうだ」
・
・
・
南門から南に1km少々。新たな陣地が急ピッチで建設されている中、最優先で建てられた
「お手数、かける。……まさか侍医、やられる……思わなかった」
これまで、ずっとムーのお腹を診てきたグラヴァース幼少期からの侍医が、先の戦闘にてたまたま陣地内に飛び込んできた敵の流れ弾に当たり、死亡。
まだ医者は多数いるとはいえ、重傷者の治療に多忙な彼らを、まだ容態に心配のない自分に張り付けさせるのも
「大丈夫です、ムーさん。私もできることはあまり多くはありませんので」
集団である軍を運用する知識や経験は、シャルーアにはない。単なるお飾り部隊長に据えられているだけなので、むしろこうして自分に出来ることがあるのは嬉しいくらいだった。
「このコも……空気、読んでる。……
アサマラ共和国の暗部―――兵産院という地獄で数回、出産の経験あるムーは、自分の妊娠期間が人より短い事をよく知っている。
だが今回、お腹にいるグラヴァースの子は、いつもならお産に至る頃に差し掛かっているにもかかわらず、なかなか大人しくしてくれていた。
「問題はないようですから、あるいは本当に状況を理解しているのかもしれませんね」
シャルーアも優しい眼差しを、透過して見ているお腹の中の赤子に向ける。ゆっくりと淡く輝く手を離すと、ムーのお腹は元の様相に戻った。
『失礼いたします、ムー様、シャルーア様。ムシュラフュン殿が参りました』
「どうぞ、お通ししてください」
天幕の入り口の布がめくられ、兵士の先導でムシュラフュンが入って来る。その手には木製の手作りと思われる手押し台があり、その上には湯気の立つ料理がのっていた。
「俺、料理もってきた……かーさん、いくつか作ってきた、確認してほしい」
「ありがとうございます、ムシュラ。……」
シャルーアが台の上にならぶ料理を検分する。
それらは、臨月の妊婦にも食せるモノをと、シャルーアや陣中の医者たちから受けた、食材や調理時の注意などを踏まえて作られたモノだ。
「こちらとこちらは、ムーさんに召しあがっていただいても大丈夫だと思います。こちらは念のため、やめておいた方がいいでしょうから、私たちでいただきましょう」
状況が状況だけにあまり贅沢は言ってられないが、だからといってデリケートな妊婦に適当に食わせるわけにはいかない。
補給路が確保できそう、という事はムーも陣地から安全な町や村まで移動する事は可能だが現状、南方面は安全なところと言うと最低でもファーベイナの町になる。
―――残念ながら妊婦に、野の魔物や敵の奇襲を受けるかもしれない、50km近くの道のりを移動させるのは現実的ではない。
結果的に、ムーは陣地に留まり続けるのが一番安全という苦しい状況。
だが当の本人にはまるで危機感はなくいつも通りのまま、ムシュラフュンが用意した料理をのんきに賞味していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます