第十二章

太陽の子供たち

第331話 5人の子らはますます快調



 風を舞う砂が肌に当たる。


 見渡す限りの砂、砂、砂……そんな砂漠のど真ん中、一見何もなさそうな世界の中に、その二つの影は潜んでいた。




「……おっけールッタ。そのまま前進してみてー」

「アンシー、分かった。俺……このまま進む。ズリズリ」

 姉、アンシージャムンの言う通り、ルッタハーズィはその巨体に似合わず、砂漠の砂の中を泳ぐように、ほふく前進し始めた。


「そーそー、良い感じ。獲物と距離が少しでも近い方が、狩り成功しやすいから。でも欲張ると、逃がしちゃうんで、そこは注意ねー」

「分かった……俺、理解。…………むむ、間合い、なかなか難しい」

 彼らは怪人である。一見すると獲物との距離はさほどの変化はないように見えても、明らかに獲物の意識が変わった事を、敏感に感じとれる。


 特にルッタハーズィは兄弟の中でも2m越えと一番の巨漢だ。そんなものが少しでも近づいてきたら、野生動物は当然、鋭く反応する。


 狙う獲物は、この砂漠に生息するありふれたウサギの仲間。

 彼らが全力を出せば逃がさないのはワケないが、今日はスマートに狩りをする技術を磨くための訓練。


 教わるルッタハーズィも、教えるアンシージャムンも真剣そのものだ。


「慌てない慌てない。むしろ逃げられちゃってもいいや、って気持ちでねー。そしたら意識が変わって、獲物も油断するからー」





 野生動物は “ 意 ” に敏感だ。

 自分に “ 意 ” が向けられるとそれを理解する。逆に “ 意 ” を向けられていない時は、物理的な接触がない限りは非常に近くにいても、逃げようとしない事すらある。


 そして、怪人である彼らもまた、そんな “ 意 ” には敏感である。しかも高い知能を獲得したことで、野生動物の一歩上を行くことが可能だ。


「……ふーぅ、俺…落ち着く。………」

 ルッタハーズィは上げていた顔を下に向け、地面に半分埋もれさせる。

 既にその身体の前面は砂中で、背面に太陽が照り付ける。

 だが照り付ける太陽の光は大好きだ、“ 母 ” を感じられる気がするから。


 ルッタハーズィはその上から下まで全身灰色の巨体を、まるで大自然の中へと溶かしていくかのような心持ちになった。

 獲物を狙うという “ 意 ” が消える。殺気が、闘志が、砂漠に溶けて流れる自分のイメージと共に霧散してゆく……


「……」

 アンシージャムンは何も言わない。気配と " 意 " を完璧に消しながらも、ルッタハーズィの横で、ウサギを眺めている。


 5人の中で最も狩りに長けたアンシージャムンは、もはや狩人としては伝説的とも言えるレベルに達している。

 だがルッタハーズィは初心者もいいところ。なので下手にあれこれ言わず、要点だけを手短に教える以外は、自分の感覚に任せ、見守る。


「……、……いく」

 消えた気配のまま、スタートダッシュ。

 ビーチフラッグのように、砂上を起き上がり、しかし反転の必要がないのでそのまま前へ、低い姿勢で巨体が駆け出す。


 最初の1歩が肝心。ウサギは、目に見える光景よりも地面や空気、音の衝撃などで感知し、逃走に入る。

 なのでウサギのところにそれらのインパクトが届くまでの時間―――それは、彼らに出来る動きであれば、動きだしてから1歩目が地面を蹴るまでとほぼ同じ。


 なのでルッタハーズィは、自分が巨体である事を活かす。

 1歩のストロークを出来る限り長く、しかし普段の1歩と同じ時間で終える。


 ウサギとの距離は30mほど、1cmでも短い方が良い。狩りの成功率は上がる。




 サッ……ク……


 全速力でも恐ろしく静かに走る事の出来るタッカ・ミミクルィゾン真似をする怪人。その1歩も、スタートダッシュのりきみがのっているにしては、恐ろしく静かだ。

 だがウサギはその長い耳をピンと上げ0.01秒後には駆け出した。ルッタハーズィのいる方とは逆へと加速してゆく。


「俺、逃がさない……追いつく」

 彼らにとってそれは楽勝なこと。

 しかしこれは狩りの技術向上のための訓練―――あくまでアンシージャムンに出された制限を守る範囲での全力を尽くす。


 ー 最速で時速20kmまで。

 ー 素手で捕え、傷つけてはならない。

 ― スタートダッシュから10秒が経過したら失敗とする。


 その制限の中、スマートに狩りを成功させるためには、その生まれたる強力な怪人の身体能力に頼らず、知識と感覚と工夫を磨く必要がある。



「3秒」

 アンシージャムンが経過時間を短く口にする。

 もう3秒も経過したのかと、ルッタハーズィは心中で驚くが、同時に面白いとやる気により火がつく。


「(ウサギ、素晴らしい動き……決して早くない。しかし俺、翻弄される……だけど俺、お前の動き、見切った―――)―――タイミング、ここ!」


 ヒュハンッ


 巨腕が空をきる音にしては軽やか。鋭く素早い、しかしパワーの調整がしかとなされたすくい上げ。

 空高くに持ち上がったルッタハーズィの片手の中で、砂漠色のウサギがジタバタともがいていた。



  ・


  ・


  ・


「今回の狩りはまぁまぁ……70点かなー。悪くはなかったんだけどルッタ、自分の腕の長さギリギリのとこでウサギ掴んだでしょ? アレは結構危ういから、あと20cm余裕持てるくらいの距離感が基本デフォくらいになるようにね」

「むう、俺……完璧、思った。アンシー、厳しい……」

 訓練に付き合ってくれたウサギには少量のエサを与えて逃がし、改めて別の獲物を狩った後、オアシスに帰ってきた二人。


 反省会混じりの気楽な雰囲気な彼らを、他の3人が出迎えた。


「おかえり。二人とも、無事、よかった」

「あはは、そりゃ無事だよムシュラー。この辺りでウチらが危ない魔物とかいないでしょー。心配性だなー」

 木製のオタマを片手に、もう片手で後頭部をかくムシュラフュン。

 兄弟イチの料理上手はすっかり家庭的な雰囲気で、帰ってきた二人から獲物の1部を受け取った。


「まぁその通りなんだけどな。それでも万が一って事もある。油断は禁物だよ、アンシー」

「ザーイまでー。まぁ確かにそーなんだけどさー」

 むしろそんな敵がいるなら会ってみたいぐらいだと言わんばかりに、アンシージャムンはおどける。

 ザーイムンはともかく無事でよかったと二人の頭を撫でた。


「? 俺、エルア、見当たらない。どうした?」

 ルッタハーズィがキョロキョロとオアシス内を見渡すも、エルアトゥフの姿がない。末っ子でもっとも “ 母 ” に似た次女は、やはり他の4人が一番守りたい妹で、姿が見えないと気にかかってしまう。



「エルアは人間の気配が南に・・あったから、それを見に行ってるよ。ほんの20km先だから確認したらすぐ戻ってくる……心配なら迎えにいくかいルッタ?」

「俺、いく。ザーイも万が一、油断禁物、言った。一緒に行こう」

「よし、分かった。じゃあアンシーとムシュラは食事の準備して待っててくれ。エルアを迎えに行ってくる」

 見ればアンシーは既にムシュラの用意していたスープを味見しながら片手で、ムシュラは手に持ったオタマで行ってらっしゃいのジェスチャーを取った。


 心配していないわけではないが、エルアトゥフの気配に変化がないので、問題ないだろうと判断しているのだ。

 それはザーイムンとルッタハーズィも同じだが、帰って来る道中で何か起こらないとは限らない。




「じゃあ行こう、ルッタ。周囲にも注意しながら走るぞ」

「俺、分かった。ザーイ、先導、俺後ろ、任せる」

 二人が走り出す。あっという間にその姿は見えなくなり、夜の帳の迫る砂漠の向こうへと消えていった。



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